第百三十一話 終わったようだの

 襲い来る砲撃と機銃掃射。


「やったか?」

 とハッチを開き顔を出した男の首に、縄が絡みついた。


 それは『隠遁』に身を隠した近衛隊から放たれた『意縄』。


「グェッ」


 絡みついた縄を解こうとするも、その腕にもヘビのように絡みつき、砲手をハッチから引きずり出してしまった。


『距離をとって砲撃する気じゃろう、遠目(遠視)は近目近いところが見えぬであろうからの、狙いを定めるために敵が顔を出すはずじゃ。その時――』

 あのあとゴニョゴニョと頼んでいたことを実行してくれたわけだ。


 近衛隊からすれば、戦果を確かめようと油断した砲手の首を絡めとるなど、児戯じぎにも等しい。

 戦車から引き摺り出された砲手は、しばらく体を痙攣けいれんさせていたがやがて静かになった。


「おいっ、どうした? 砲手っ」


 戦車の中から声が響くが答えられるはずもない。

 異常に気づいたのかすぐにハッチが閉じられて、静かになる。

 

 砲手のいない戦車などただの動く鉄箱とばかりに、クロウさんは沈黙する戦車に近寄って行く。


「貴様らの砲手は始末してやったぞ、他の連中もじゃ。終いにせぬか」

 と呼びかける。


 返答の代わりに、砲塔の大砲が突き出た横にある黒鉄の機銃がタタターンッと火を吹いた。


 クロウさんは横っ飛びに転がるが、まるで見当違いな方向へ飛んでいく機銃の弾道をみて、裾の埃を払いながら立ち上がる。

 薄紫の硝煙をあげて機銃は沈黙した。おそらく弾丸たま切れなんだろう。

 ガタリッと車体を震わせて戦車のエンジンも止まる。

 

 クロウさんは『隠遁』を解いてさらに近づき声を張り上げた。

「のぅっ、中におるのじゃろ? 降伏するなら首まで取らぬ。大人しゅう出てまいれっ」


 雨が止んで雲間から刺す光芒が、でこぼこと砲撃と手榴弾で穿うがかれた決戦のあとを照らし、風が木々を揺らす音が聞こえた。


「貴様らにはもう増援は来ぬ。聞かぬなら、焙烙玉を放り込んで蒸し焼きにしてやるが、良いか?」

 実際には持っていないがハッタリだ。

 

 その呼びかけに砲塔のハッチが開かれると、中からニジャール皇女がゆっくりと姿を現した。

 相変わらず顎を突き出す、見下し目線は変わらないけれども。


「降伏しろだと? 笑わせる」

 と鼻に皺を寄せる。


「山猿ごときが……」

 とあたりを見回し、山中から上がる狼煙を見つけるとニヤリと笑った。


滑稽こっけいすぎて笑わせる」

 と白くたなびく煙を指差した。

 

「あの狼煙を見よ、貴様らの乙姫を確保した合図じゃ、負けたのは貴様らだ」

 と胸を反らす。


 再びパンッパンッ、シュウ――と山から破裂音が響いて、思わずそちらへ目を移すと、白い煙が尾を引いて空へ駆け上がって行く。


 だが、それは山中からのもので、乙姫たちがいた丘ではない。

 それを知らないニジャール皇女は、沈黙を意気消沈によるもの、と捉えた。


「貴様らこそ終わったのだ。地にひざまずけ」


 と軽く顎を突き出すニジャールに、クロウさんは

「……そのようだの」

 と呟き山道をじっと見ている。

 

 山道の奥を遮る木々から、ラ軍の姿がチラホラと現れ始めた。


「どぉした? 早うひざまずかぬかッ!」

 と一喝し

「アレが見えぬ……」

 と言いかけて眉をひそめめた。


 山道から降ってくるラ軍は後ろ手に縛られて、連なっていることに気がつく。しかも先頭を歩く歩兵は白旗を掲げているではないか?


 あたりに人の気配が溢れていき、『隠遁』を解いて次々とア軍が姿を現していく。


「終わったようだの?」

 と笑いかける先にワルレー軍卿の姿があった。

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