第百三十話 鉄のバケモノとの対決

「近すぎて見えぬなら、遠くから砲撃してやれば良い」と告げるニジャール皇女。


 ブォォォ――ンッとエンジンの回転数が上がり、車体が加速を始めた。


――――再びクロウさんの目線。


 驚くほどのスピードで戦車が遠のいていく。

 何があった? というより何を企んでいる? ――と考えている間に、クロウさんは遠のく戦車へ向けて走り出していた。


あおり倒して、罠のところブービートラップまで誘導してやろうと思っておったに、距離を取るとは思わなんだ」

 ギリリと歯を食いしばり。


 走りながら『検知』に引っかかった近衛隊へ駆け寄る。

 

「距離をとって砲撃する気じゃろう、遠目(遠視)は近目近いところが見えぬであろうからの、狙いを定めるために敵が顔を出すはずじゃ。その時――」

 ゴニョゴニョなんかお願いしていたが、早口で聞き取れない。

 それまでワシが敵を引きつける、と再び身を翻した。


――――そうこうしてる間に。

 戦車との距離は開いていき、近衛隊の人たちからずいぶん離れた所で

「ここらへんで良かろう」とクロウさんが立ち止まり、『隠遁』を解いた。


「やい、鉄牛めっ。たかが一人に怯えて逃げよったか? こぉの臆病者っ」

 と大音声を張り上げる。


 彼我の距離は四、五百メートルは離れている。

 ここまで距離が開けば、こちらの印字打ち投石も届かず、戦車にとっては安全圏内だ。

 

 それでも距離を取り続ける戦車を睨みつけていると、砲塔のハッチがパカリと開き、双眼鏡を手にした男が上半身を出した。


 素早くあたりを見回してこちらと目が合う。

 ニヤリと笑うその兵を見て――距離を取った意図が理解できた。


 これだけ距離があれば、撹乱するために『隠遁』と解除を繰り返しても、動線で動ける範囲が特定されてしまう。

 移動しながらハッチを開けたのは顔を出した時に襲われないためなんだろう。


 スルリとハッチの中へその姿が見えなくなり、砲塔がギリギリとこちらへ向く。

 うわぁ、やっぱり砲撃する!?


『隠遁』をかけて走り出すクロウさん。

 ドォォォンッと背後で砲音がなる。

 ヒューッと甲高い音が肩越しに聞こえ、突風に吹き飛ばされた。


 ゴロゴロと転がるも、バネのように飛び起きて、こけつまろびつ関所の柱あとに飛び込んだ。


 とほぼ同時にドォォォン、と空気が震えて、百メートルくらい先の街路樹が吹き飛ぶ。


「ほぇぇっ、命懸けじゃの」


 柱の影から戦車を見ると、こちらに砲身を向けている。

「ぬ?! (動きを)読まれておるか?」

 と再び『隠遁』をかけて走り出した。


『どぉすんのさ? ジリ貧だよ』

「かまわぬっ、今はただ――」

 

 と言いかけた端からドォォォンッと砲声があがり、さっきまでいた関所の柱が吹き飛ぶ。


「今はただ、時間を稼いでやるだけじゃ」


 木立ちに駆け込むとまた振り返って戦車の動きをのぞく。戦車は転がる瓦礫をものともせず、押しのけ、踏み潰してゆっくりこちらへ向かってくる。


「なんとも凄い力だの。鉄のバケモノじゃ」

『この時代ならもう無敵だよ』


「確かに……じゃが、操っているのば人じゃ。ならば考えは読める。おそらくは次で決めたいところであろ」


 再び距離が二百メートルくらいに近づいた時、グルリと砲塔が周りながら機銃が掃射される。

 動ける範囲を見定めて、全てに銃弾をばら撒きやがった。

 舞い上がる土埃と、吹き飛ばされた樹木の破片であたりは真っ白になる。


「やったか?」

 とハッチを開き顔を出した男の首に、縄が絡みついた。

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