第百二十九話 戦車の反撃


 ハッチが開いて男が顔を突き出した。


「あ?!」

「え!?」


 と固まる双方。

 あっという間に、クロウさんが手にしたシコロの柄で殴り飛ばしていた。


「敵襲――ッ」


 と声とともにせっかく開いたハッチが閉じられる。


小癪こしゃくな!」

 と、取っ手を引くが中からロックされたようだ。


「ぬぅ、他に(ハッチ)はないかの?」


 と戦車の躯体くたいを見回す。

 ここを閉じたところを見ると、フェンダーにあるハッチもロックされたことだろう。


『クロウさん、戦車が動き出す。避難した方が良い』

「なんのっ、ここまで来て取り逃がすなぞないわい」


 とシコロを扉に差し込んでギコギコしている。

 と、ギリギリと砲塔が回転を始め、砲身が仰角を上げていく。


「ぬ?!」


 ただならぬ気配に戦車から飛び退くクロウさん。着地するや否やドォォォンと砲身が炎を吐き出した。

 空振と轟音で耳がキィーーンッとなる。


「なんと、狼煙の代わりに砲を撃つかよ」


 ブービートラップからもわかるとおり、戦車への襲撃は十分に考慮されていたわけで。


 きっとこれはラ軍への『本陣が襲われている』というメッセージ。

 こうなると「釣り野伏」に誘い込まれた何割か、は戻ることを前提として動いているわけで。


「皆の衆っ、『隠遁』を解くなよ!」


 と声を張り上げないといけないくらい、残りの弾数をラ軍が戻るまで使い切る決意、を見せられたことなる。

 つまり機銃の掃射が始まる。


『見えなければ当たらない』

 のは単発で打って来た時だ。

 気配を感じたところへ、めくら打ちされると跳弾だけでも重傷を負う。


 痛みに体が反応して波動を維持できずに『隠遁』が解かれてしまう。


「ぐわっ」


 恐れていた通り一人の近衛が姿を現した。


「ぬぅ!?」


 クロウさんが援護に駆け寄ろうとすると、ブルンッと戦車が躯体からだを震わせ猛進していった。

 鉄の塊が時速三十キロで突っ込んできた場合。


 人は容易たやすく吹き飛ぶ。

 その上でさらに轢き殺そうと旋回すると、恐怖に縛られて人は容易く棒立ちになる。


「や、や、やめろぉぉ――っ」


 と叫び声を上げながら、その兵はキャタピラに巻き込まれていった。


「ぬぅっ、バケモノめっ」


 歯噛みするクロウさんもなす術がない。


「ならばっ」


 とクロウさんが『隠遁』を解いた。


「やいっ、こちらじゃ鉄牛め。ノロマめ、こちらについて参れっ」


 と駆け出す。

 砲塔は周り、砲身の横に突き出した鋼の棒からタンタンタンッ、と銃声が響く。


「ぬぉ?!」


 と飛び退きながら『隠遁』をかけるクロウさん。

 転がり、起き上がるとまた『隠遁』を解く。


「どぉしたっ?! ノロマめっ」


 と煽っては『隠遁』をかけて走り始める。

 あちらに行っては姿を現し、また『隠遁』をかけてはこちらに姿を現す。


――――戦車の中では。

 ニジャール皇女の視点です。


「ええいっ、ちょこまかと」

 砲手兵が苛立った声を上げる。


 砲塔の狭い狙い窓から、現れては消えるクロウさんを捉えるのは至難の業だった。


「ここからは捉え切れない。北北西へ距離をとってくれっ、移動しながらハッチをあけて目測する。動いている最中なら、さっきみたいに仕掛けられまい」

 と操縦士に声をかける。


 さっきみたいにとは、装填手が顔を出して襲われたように、ということだ。操縦士がこちらに振り返り、それで良いか? と目線を送ってきた。


「かまわぬ」

 と手をヒラヒラさせる。

「近すぎて見えぬなら、遠くから砲撃してやれば良い」とも。


 ブォォォ――ンッとエンジンの回転数が上がり、車体が加速を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る