第百二十五話 釣り野伏の背後から

「で、あろう? これは我ら日の本でも使う『釣り野伏せ』という戦術じゃ」


 と七郎さんを雨の凌げるタープにまで連れていきながら


 「ゆえに戦車は取れる」

 と少し得意げに笑った。


 なんでだ?


――――近衛隊を集めて相談中。


「『釣り野伏』とはの。やられたフリして伏兵の潜むワナにまで引き込む戦術じゃ」

 と人差し指をピンと立ててご講義してる。


「ほぅ、我らは『バックハンド・ブロー』と呼んでいたがな」

 とさすがはエリート近衛隊の人。

 国は違えど戦術は似たものがあったんだ、と双方感心していたが、戦車を狙う段になって意見が割れた。


「確かに手薄になったときを狙うのは良い。だが我らは女王の護衛を仰せつかっているゆえ、協力できんな」


 近衛隊の戦力を当てにして、戦車強襲の相談を持ちかけたクロウさん。すげない返事に口をへの字に曲げた。


「のぅ、敵の大将が裸同然で目の前におるのじゃぞ? それをみすみす見逃すなど、武人の名折れぞえ」


「それとこれとは話が違う。我らは女王オトワニさまをお守りする大事な役目を仰せつかっている」


 とにべもない。


「それに“ラ軍”が引き返してくれば、挟撃される。万に一つも勝ち目はない」

 とダメ押し。


「あれは戻れぬ。山中での“釣り野伏”の恐ろしさはの、引きこまれ上がり下がりを繰り返すうちに、方向を見失い遭難してしまうことじゃ」

 だから挟撃されることはない、という。


「だが、この少数だ。対してあの戦車バケモノは百人にも千人にも匹敵しよう。無駄死にしてオトワニさまの護衛を放棄するわけにもいかぬ」


 真っ当すぎてクロウさんもむぅと渋面を作る。

 

「こう考えんかの? あの戦車を砦としよう。その砦をおとせば味方の勝利じゃ、避難も護衛も要らぬ。見事、女王オトワニさまも守り、勝利の立役者ともなろうよ」


「であろうが、我らはワルレー軍卿に護衛を命じられている」


 全く融通がきかぬ……と頭を抱えている。

 が、これは仕方ないことだ。軍人が役目を離れて勝手な動きをしては、全体を危機に陥れることだってある。


 もはや話はこれまでか、と思われた時。


 伏せていた乙姫が「太郎さま」と手を差し出し、半身を起こしてもらいながら、こちらへ顔を向けた。


「良いでしょう、クロウ殿、連れて行きなさい」

 と告げる。


「は? お言葉ですが、それでは誰が護衛を?」


 と近衛兵。


「太郎さまと、七郎殿にやってもらいます。どのみち逆襲おそわれたなら、この少数では守りきれますまい」

 

 まだ体調は万全ではないのだろう。

 酷い頭痛がしているようで軽く眉をひそめる。


「ここまで来れば“玉”を取ったものの勝ち。事後承諾の責めは私が負いましょう。“アの国”のために力を貸してください」


 と軽くその美しく長いまつ毛を伏せる。


「おぅ、うけたまわったっ」

 とクロウさんの元気なお返事が、微妙だった流れを決定事項としてしまう。


「さすがはオトワニさまじゃ、皆の衆っ、女王直々じきじきのお下知じゃ。やらいでか、のぅ?!」


 畳みかけるように煽るもんだから、なんとなく戦う空気になる。


「ここが正念場じゃ、一気に勝負を掛けようぞ」

 と、嬉々として役割を振り始めた。


――――丘から降って関所跡へ向かうと。

 

 瓦礫と化した関所跡の空き地に、戦車と天幕が張られ兵士の野営地まで出来上がっていた。


「思うた通りじゃ、あの狭い鉄箱戦車の中にずっとおられるはずがない。良いかの? アレが動く前に神速で制圧する」


 腕をグルリと回すと『隠遁』の波動で、風景に溶け込んでいった。

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