第百二十三話 蛮勇

「ぬぅ、イヤなところに……」


 そこへ戦車が到着した。


 クロウさんがこぼすのも無理はない。

 急造したといえど、瓦礫がれきのバリケードは敵の侵入を拒むために山のごとく積み上げられているのに、戦車はドォォォンッと砲声を響き渡らせると、あっさりその山を吹き飛ばして見せたのだ。


 これにはア軍の近衛隊も肝を冷やしたようで、あちこちから「バケモノだっ」だの「逃げろっ」だの顔をしかめたくなりそうな声が上がっている。


「まったく……」


 厄介やっかいだのう、と頬をなでる。

 そうこうしてる間にも、ラ軍はその戦車を先頭に隊列を組み、足並みをそろえて関所へと向かって行った。


 もちろんア軍にも勇敢な騎士はいて、進軍してくるラ軍に盛んに矢を射掛けてはおぼろに姿をくらまし、ラ軍に斬りかかる者もいる。

 

 だが気配を察して銃を向けられると「うわぁぁ」と悲鳴を上げて逃げる足音が。


 なんとも情けないあり様だ。

 もっともオレだって、彼の状況なら同じになってしまうんだろうけど。


「ほほん……面白いの」

『なにが?! そんでもってなんで? 腰が引けまくってるじゃないの』


「そう見えるかの? ワシの見立て通りならばワルレー殿の面目躍如めんもくやくじょと言ったところじゃ。前線で持ち堪えながら、ワシらの戦いを斥候を放って把握しておったらしい。とすれば……」

 あとはなんかブツブツ呟いている。


 求ム、解説――!?


「どちらにしろ七郎と合流するまで、少し煽ってやるかの。高いところはないか……お、あれじゃ」

 

 と目をやる先に、大妖ハデスの進撃にも砲撃にも生き残った関所の門の柱がある。

 太さは一辺三十センチ、高さ二メートル、といったところか。


『隠遁』をかけ直すとその柱まで駆け寄った。

 や、やめてよね――まだ戦車と二百メートルは離れているものの、射程からいえば至近距離だ。

 危ないってもんじゃないってばっ。


 そんなオレの思いと裏腹に、クロウさんは柱に取り付くとスルスルと登り始めた。

 

 やがてその頂点に立つと波いる“ラ軍”を見渡して

「うむ、絶景、絶景」

 とご機嫌だ。


 おいおい……(汗)


 スゥと息を吸い込むと『隠遁』を解くじゃないですか?!

 

「やぁやぁ遠くにいる者は音に聞けっ、近くにいる者は目にも見よっ」

 と大音声で大時代的な名乗りを上げた。

 

『な、何やってんの?!』

 と慌てるオレの思いはスルーされる。


「我こそはみなもとの……もといクロウ・ホーガンなりっ」


 この体格のどこからそんな声が出るのかわからないが、大見得おおみえを切る声は戦地に響き渡った。


「へ?」


 と毒気を抜かれた呆れ顔と視線が集まる。

 それはかつて日の本にあった当たり前の慣習で、近代化された軍隊ならあり得ない奇行なわけで。


 敵もいろんなケースを想定し直して、バグっている気がする。


「アホがおるわっ」

「気が狂ったか?! 一発で仕止めてやるからそこを動くなっ」

 ゲラゲラと笑い声が上がる。


 と一人の兵士が肩に銃底を押し当てて、こちらに照準を合わせた。


 ひょいと柱の陰に飛び降りるクロウさん。

 そのまま『隠遁』をかけて走り出す。


 ターンッ、ターーンッ、とあちこちから銃声が響いた。

 どうやら駆け足のあとの跳ねあがる泥を目がけて撃ってくるようだ。


 瓦礫の陰に走り込んでそっと様子を覗きみる。

 タンタンッ、ピューンッと銃撃が集中し、ラ軍が動き始めた。


『隠遁』を重ねがけしてこっそり番所の跡まで移動すると。

 見事に瓦礫に変わった跡地に、七郎さんが困った笑顔で杖にもたれていた。

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