第百二十二話 いやなところに

 血吹雪をあげて崩れ落ちたカトーをクロウさんは見下ろした。


「ほんにの。これで終わりじゃ」


 そう呟いてあたりを見回したのも。

 雨も上がりの薄くもやの立ち込める中、いくつものピューーッと鏑矢かぶらやが響き渡ったからだ。


「さて、仕上げをせねばの……と、七郎?」

 慌てて彼がいたところまで駆け戻る。

 

 つい二の次になってしまっていたが、いかに偉丈夫いじょうぶとはいえ、負傷して戦地に倒れていては首を掻き切られる。

 それが当たり前の時代で、戦場に大事な忠臣を置き去りにしてしまった。


「七郎、七郎っ」


 波動『隠遁』を発揮して、あたりを見回しながら駆けた。

 キュルキュルと背後から音がするのに気づき、振り返ると戦車が動き始めている。

 

 関所へ向かっているのか?

 敵も勝負をつめに来た。急がねば乙姫やシズ姫が危ない。


「助けに行かねばならんが……」

 

 その前に七郎さんだ。

 オレたちをかばった七郎さんを、放置するわけにはいかない。


 目の前には、見えない敵に気配を探っては発砲するラ軍がいる。

 その背後に空気の揺らめきのように忍び寄り、背後から斬りつけるア軍の兵士たち。


「ぐわっ」


 ラ軍の兵が斬られると、悲鳴を頼りに銃弾が打ち込まれる。味方を餌に、見えない敵を狙い撃ちにする非道が繰り返されていた。

 白昼の夜戦とでも例えるべきか。


 そんな中を波動『隠遁』を発揮しながら、そろそろと進む。きっと七郎さんのことだ。動けないまでも波動『隠遁』で姿を隠しているはずだ。

 

『検知』を広げて、七郎さんの波動を探していると


「若……」


 と苦しげな小声が聞こえた。


「七郎っ、今行く」

 

『検知』で感じる気をたどっていくと、七郎さんは思った通り『隠遁』で身を隠し、道脇の樹木に背をあずけ座り込んでいた。


「若……カトーは?」


「無事討ち取ったぞ。七郎のおかげだ」


「それは、お手柄てがらです――拙者は、しばらくここで休んでおりますほどに、乙姫の元へ――」

 と言うんだけど、苦しげな呼吸いきが聞こえるから思案のしどころだ。

 

「バカを申すな」


 と脇に肩を差し入れて立たせた。


「貴様がおらねば誰がワシの荷物を持つのじゃ?」

 と憎まれ口を叩くクロウさん。

 自分で持てよ――と、ツッコミたくなるが、彼なりの優しさなのだろう。


「従者もおらぬワシなど他人よそから見れば、ただのクソガキだからの」


 と胴を抱えるように進む。


「若……」

 と、それだけで目がうるうるしてる七郎さんだから、

 

「どこを撃たれたのじゃ?」

 と話しを変えた。


「足でござる、杖でも探せば自分で歩けますほどに」

 とクロウさんの肩をポンポンと優しくタップして、身を離した。


「早う、乙姫たちの元へ。拙者もできるだけ早く合流しますゆえ」


 と背を押した。


「うむ、では後ほど会おうぞ。場所は番屋のあったあたりじゃ」


 と乱戦から少し離れた林道まで誘導し、手頃な朽木を脇差しで切り倒すと、杖に加工した。


「それ、これでそろそろと参れ」

 と託す。


「ご武運を」

「互いにの」


 短く交わして、関所へ向かった戦車を追いかけた。


――――林を抜けると。


 関所を貫く山道が見える。

 ここから先は関所を通らねば、山中へ続く道はない。

 その道を交差するようにラ軍とア軍が対戦していて、ア軍の作ったのであろう、瓦礫を利用したバリケードが築かれていた。


「これならば、小一時間は持つであろうの」

 ふぅと胸を撫で下ろし、乙姫たちの安否を調べるべく関所の敷地に侵入したまでは、良かったのだが。


「ぬぅ、イヤなところに……」


 そこへ戦車が到着した。

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