第百二十一話 これで終わりだ

「合図とともに前進を開始せよ。オトワニ女王とシズ姫を確保する」

 と操縦士に短く命じた。


――――その装甲を一つ隔てた戦車のフェンダー(砲塔周りの平らな部分)の上では。


 カトーとクロウさんが斬撃を繰り返していた。

 ちからではカトー、素早さではクロウさん、と言いたいところだが力負ちからまけしている。


 カトーの一撃一撃に手がしびれ、思わず刀を取り落としそうになる。

 クロウさんの放った矢を肩に受けて、片腕を負傷しているに関わらずだ。

 

『なぜじゃ、片手剣でこの力はありえぬ』


 焦るクロウさんの気持ちが伝わってくる。

 普通、片手剣の重さは約一キロ、両手剣であるクロウさんの「薄緑」は約一・二キロでどちらもメロン一個程度の重さと思ってもらえば良い。


 だが、カトーの剣はそんなもんじゃない。バットで叩きつけるような衝撃だ。

 一振りするごとに妙に体がブレて、柔らかく剣を受け流しているはずなのに、腕ごと持っていかれそうになる。


『振り子?』

 と、それを見ていて家伝の技に似ていることに気づいた。

『振り子とな?』


『剣の柄を支点にして、踏み込みの代わりに体のひねりで力を伝える剣技だ。ひねりが早すぎてわかりづらいけど』


 そんな脳内ミーティング中でも、ガキンガキンッと火花が散っているんだけど。


『悔しいが剣の腕はカトーが上じゃ、蔵人くろうど、何とかならんか?』


 ビュゥッと身の毛のよだつ片手突きが飛んできて、クロウさんは戦車のフェンダーから飛び退いた。

 すかさずカトーは剣を脇に挟むと、ベルトから短筒たんづつを引き抜いてタァ――ンッと撃ってくる。


 すぐに横っ飛びに飛んでかわせたものの、次は確実に当ててくるはずだ。『隠遁』をかけたところで、カトーの『検知』に引っかかり的になることに変わりはない――のだが。


『ん?!』


 ふと疑問が湧いた。

 クロウさんが間髪を入れず飛び退いた、から射撃は外れた、としても手元で五、六センチずらせば当たる。

 なのになぜ外した?


 焦った? 疲労で狙いが甘くなった? いやいや、単純に手元が狂ったんだ。


 気付かぬうちに握力が落ちている――クロウさんの斬撃を左手一本で受けて、鉄の塊を振るい続けたんだ。これは勘だけど、きっと銃の握りが甘くなって外したに違いない。


『クロウさん剣を叩こう』

『なんじゃと?』

『もう握力が無くなってきているから外したんだ。銃に弾を装填する前に仕掛ければ剣で応じる。

 その剣を叩いて手を壊しに行こう』


合点がってん!』


 合点がってんって。

 脳内ツッコミを入れそうになる前に、クロウさんは飛んだ。

 戦車のフェンダーに足をかけ、砲塔の後ろに付いている手すりを蹴飛ばすと、袈裟斬けさぎりに斬りかかる。


 飛びかかる途中で軌道を変えたから、カトーは脇に挟んだ剣で受けるしかなく。

 鍔元つばもとのグリップガードのあたりを、したたか強打するとガシャンと剣が弾き飛ばされた。


「ぬぅっ」

 顔を歪ませながら、戦車のフェンダーから飛び降り効かない右手で短筒を引き抜いた。上がらない右腕を左手の小手で支え、こちらに狙いを定める。


「これで終わりだ、小僧っ」


 カトーが叫び終わらぬうちにクロウさんが宙に舞った。


「ぬ?!」


 カトーはこちらに銃を向けるつもりが、腕が上がらず目を見開いている。寸分もずれることなく「薄緑」はカトーの脳天に達した。


「がっ!」


 血吹雪をあげて崩れ落ちたカトーをクロウさんは見下ろした。


「ほんに、これで終わりじゃ」

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