第百二十話 乱戦

「やれやれだ、とっとと降参しろよ。

 乙姫もシズ姫も生きているかはわからんが、皆殺しにしなくちゃ引っ込みがつかなくなる」


 カトーは八の字の眉毛を下げて、冷酷にこちらを見下げた。


「カトーッ、死ねっ」


 と、ア軍の兵が踊りかかる。

 さっきまで散々仲間が撃たれ、復讐に燃えて我を忘れていた。


 再びターーンッと銃声が響いて、踊りかかった兵士がうずくまる。


「ぐぉ……っ」


 片膝をついたその兵を、なっちゃいないねぇ、と戦車のフェンダー(砲塔周りの平らな部分)の上で、砲塔に足をかけて見下ろした。


「近衛の連中には、敵には必ず二人以上で臨め、と教えてやったもんだ。一人で突っ込んでくるから……」

 と短筒たんづつを折り曲げて、弾を装填すると撃鉄を引きあげ、ゆっくりと頭に狙いをつけると引き金に指をかけた。


 ああ、ダメだ、このままだと殺されてしまう。


「やめろ、やめろ、やめろぉぉ――ッ」


 クロウさんを差し置いて、思わず声をあげてしまった。途端に波動が解けてしまう。


「こうなる」


 とカトーはこちらに銃口を向けて、ターーンッと発射した。

 うわっ、と目をつぶって覚悟する。


 ごめんよ、クロウさん。令和の時代から来たオレにはもう、目の前で人が死ぬのは耐えられなかったよ……。


「ふぬっ!」

 苦悶の声が上がった。

 

 だが襲ってくるはずの痛みも衝撃もない。恐る恐る目を開けて見ると、七郎さんが倒れている。


「え……?」

 七郎(弁慶)さんが、とっさに身を差し入れてかばってくれたみたいだ。


 オレのせい……? オレのせいだ、オレのせいで……。

 

 恐ろしさに固まっていると、クロウさんが反応した。


「七郎?! ――おのれっ」


 と鞘に仕込む小柄こづかを引き抜き、目にも止まらぬ早業で投擲とうてきした。

 身をよじって避けるカトー。


「クソガキがっ!」


 再びこちらへ向き直るも、クロウさんは姿を消している。


「ぬ?!」


 カトーが『検知』を三百六十度展開しているのがわかる。だが、クロウさんはそうなると読んでいた。

 平面に展開する『検知』の届かない縦方向、つまりカトーの上空に跳躍している。


「死ねっ」


「薄緑」を天高く突き出して、真下に見えるカトーに叩きつける。


「「たぁっ」「ぬんっ!」」


 互いの気合いが交錯し、カトーの引き抜いた剣がクロウさんの「薄緑」を受け止めた。


――――その時、ニジャールは。

 

 戦車の中に避難し、鉄に覆われた武骨な室内に錦糸で刺繍されたクッションを縛りつけ、兵士より多少マシな戦車長の席に腰を下ろしていた。

 あちこちから響いてくる銃撃と、斬撃の音を厚い装甲の中で眉をひそめて聞いている。


「しばらく外の様子は見れんか……」


 外は乱戦になっている。

 死は畏れないが、皇女である以上無駄に死ぬわけにもいかない。手にはラの国本国からの伝文が握りしめられていた。


『センカ・ヲ・モタズシテ・カエルコト・アタワズ』

 と短い伝文。

 

「戦果なくば、生きて帰るな――か。当然だ、この私がこのままオメオメと、生き恥をさらしに帰るわけがなかろう」


 戦艦が二隻、巡洋艦二隻、戦闘員三千人、飛行籠トンボ四十機も無くした。


 もはやこれだけの損害を出して、何の戦果もなく帰ったところで第二、第三の後継候補から糾弾されて殺されるだけだ。


 ギリス・カーン提督は必死にめたが、退路を確保させるために揚陸艦にとどめた。


「合図とともに前進を開始せよ。オトワニ女王とシズ姫を確保する」

 と操縦士に短く命じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る