第百十九話 とっとと降参しろよ

「シズ姫――っ」


 クロウさんが悲鳴をあげた。

 戦車の砲台からオレンジ色の炎が吹き出し、射線にいたラ軍の兵士もろとも、関所の番屋あたりが吹き飛ぶ。

 

「七郎っ、もはやなりふり構わぬっ! 手近な者から斬り捨てよっ」


 と叫びながら身をしずめて飛び出した。

 スラリと引き出したのは愛刀の「薄緑うすみどり」。

 様々な伝説に彩られた長さ2尺7寸(約80cm)の優美な太刀で――と、なんかで読んだ気がする。


 それを風のように振るい、斬り進んでいく。

 これまで模擬戦でしかクロウさんの武技を見たことがなかったが、恐ろしく早くて太刀筋が見えない。

 

 スタタタッと足音が上がり、シュッと音がしたかと思うと血吹雪があがる。


「ぐわっ」


 と悲鳴が上がる側から、スネを払い袈裟懸けさがけに斬り下げる。


「うっ!」


 と声がしたかと思えば、クルリと転身してスネを払い、体勢を崩したところを露出した首筋をはねた。

 となりの敵兵が銃を構えるころには、隠遁を発揮してそこいらにはいない。


「一人十殺じゃぁ!」

 

 と、吠えるクロウさんに「「おうっ!」」と呼応するときの声が響き渡った。


 呼応するように七郎(弁慶)さん。

 怪力で知られた武蔵坊弁慶は、長柄の武器「薙刀なぎなた」の使い手として有名だけれど、刀の千本狩りを宿願としていたように、剣技も半端ではなかった。


 そもそも剣術が武技の中でも飛び抜けて発達したのは、たしか家康が奨励した江戸時代からで。

 それまでは武士の使う技術『武技』として、弓術、槍術、剣術、体術と一通りをまとめて、できて当たり前なわけで。

 

 接近戦となった今、七郎さん(弁慶)はいかんなく武技を発動させ、愛刀「岩融いわとおし」を振るい血吹雪を舞い上がらせた。

 

「岩をも断ち切るほどの切れ味の良さ」を誇ったことから来ているそれは3尺5寸(約106cm)もあり、手当たり次第部位を飛ばしていく。


 剣術の恐ろしさは。

 団体戦で訓練されている軍を、あくまで初見で至近距離に限り、容易く崩壊させることができる心理的要素だ。


 閃くたびに手足がとび、血吹雪が舞う。

 まともな精神状態でいられるはずがない。


 それほど日本刀の煌めきは素早く、舞い上がる血吹雪は恐怖のどん底へ陥れた。


「距離をとれ! 距離をとって蜂の巣にしろっ」


 と喚く声が聞こえる。

 だが、これだけ乱戦になると味方を誤射する可能性が高いから、そこに躊躇が産まれる。ましてクロウさんたちは波動『隠遁』が使える。


 一人斬り倒すとすぐに隠遁をかけて、姿がおぼろげになってしまうものだから、斬撃の間合いになって初めて気がつく者が大半で。


 それでもカトーだけは違った。

「そこっ!」

 裂帛れっぱくの気合いとともに次々と銃撃してくる。


 飛び退いて敵を盾にする者、撃たれてしまう者、姿を晒して蜂の巣にされる者、凄惨な様子になった。


 それでも好機は訪れるもので。

「そこっ!」

 と引き金を引いたカトーの銃がカチカチとから打ちになる。

 弾切れだ。


 わずかにカトーの目が見開かれる。

 千載一遇のチャンス、と戦車ににじり寄っていたアの兵士が踊りかかった。


 タァ――ンッと鳴る銃声。

 カトーの手に短筒たんづつが握られ、紫煙をあげていた。


「やれやれだ、とっとと降参しろよ。

 乙姫もシズ姫も生きているかはわからんが、皆殺しにしなくちゃ引っ込みがつかなくなる」


 カトーは八の字の眉毛を下げて、冷酷にこちらを見下げた。

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