第百十八話 もはやなりふり構わぬ

「一気に行くぞっ」


 と駆け出そうとした時、戦車の砲塔のハッチが押し開かれた。中から白銀のフルプレートが上体を出してげきを飛ばすんだけど?


しずまれっ、敵は少数じゃ! 一人ずつ葬り去れっ」


 甲高い女性の声だ。

 まさかそれは……?


「ニジャール様っ!?」


 ラ軍のあちこちで驚嘆おどろきの声が上がり、思わずその場に伏せようとする敵兵も現れた。

 もっともあっという間に討ち取られてしまうけれど。


「ええいっ、礼など無用っ。貴様らラの国の兵であろうが?! 狼狽するくらいなら、一族郎党根切りにするぞっ。目の前のおぼろに集中せぬか!」


 叱咤されてから兵士の動きが、変化を見逃すまいと神経をそば立てる狩人へと変わる。


「波動……『検知』」


 すかさず戦車へ駆け上るカトーがいた。


「そこっ!」


 とどこから、誰からかひったくった銃を構えるとターーンッと狙いを定めては撃ってくる。


「ぐおっ」


 波動が解けて転がるアの国の兵士。


「そこっ!」


 またもターーンッと銃声が鳴り響く。

 その度に姿を現したおれるア軍の兵士たち。


『ぬぅぅ……マズイぞ』

『潜んで! まだ全部を検知できていないから』


 オレの勘だけどカトーの『検知』って、広域で捉えることができても、狙って撃つとなると一人ずつしか撃てないんだと思う。


『だの……とすれば、まだこちらは撃てぬ』


 息を潜めて矢をつがえる。


「カトーッ」


 と声をあげ波動を解いたクロウさんが、ヒョウと矢を放った。

 二間(3.6メートル)しか離れていない至近距離からの射的だ。外しようがない。

 だが、コンマ何秒も無い中でカトーは身を捩って、必殺の矢をかわした。


「ぐぬっ」


 心臓めがけて放ったはずの矢を肩でブロックし、致命傷は避けている。銃を下ろすと、肩から矢を引き抜き


「そこだっ、そこに大将がいるっ」


 と大声でこちらを指差した。こちらに視線が集まる一瞬の間にクロウさんの波動は発揮される。


「波動……『隠遁』」

 ジグザグに敵兵の間を駆け抜けて行く。


「どこだっ?!」

「まだ近くにいるはずだっ。おぼろにゆらめくものを撃てっ」


 波動が使えなくても兵士の感覚は馬鹿にできない。駆け抜ける物音か、気配を感じてこちらに撃ちかけてくる。


たたるやつだの!」


 忌々いまいましげに吐き捨てるのは、あと一歩のところで引かざろうえなくなったからか。

 ラ軍のいない物陰に走り込むと戦車を睨みつけた。


 砲塔のハッチから上体を出したニジャールが関所を指差している。


「あの関所を撃てっ」


 だめだ! あそこには乙姫とシズ姫、太郎さんがいる。


 ニジャールの声に従って戦車の砲塔はグィィィ――ンっとゆっくり旋回して。


「やめろぉぉぉ――っ」

 

 と叫ぶクロウさんの声も虚しく、オレンジ色の光とともにドォォォンッと砲声をあげた。


「シズ姫――っ」


 クロウさんが悲鳴をあげる。

 射線にいたラ軍の兵士もろとも関所の番屋あたりが吹き飛んだ。


 もはや戦車の鹵獲どころではない。


「な……なんと非道な?!」

 七郎さんの『隠遁』が解けて、驚き呆ける姿が顕になる。


「七郎っ、もはやなりふり構わぬっ! 手近な者から斬り捨てよっ」


 と叫びながら身を潜めて飛び出した。


 シュッと音がしたかと思うと血吹雪があがる。


南無八幡大菩薩なむはちまんだいぼさつっ、神仏は我らとともにありっ。この悪鬼どもを一人残らず地獄へ叩き込もうぞっ」


 吠えるクロウさんに、「「おうっ!」」と呼応するときの声が響き渡った。

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