第百十六話 強者どもの挽歌

『そこへワシらは四方から弓を射かけ、かき回すだけかき回し、隙を見て戦車をいただく』


 思わず兵は聞き返した。

『敵を盾にとる……のか?』


――――敵の追い込みを任された二人の兵士の目線です。


『わるいのかの?』

『いや大歓迎だ』


 そんなくだりを思い出すと、自然と笑いが浮かんできた。


「我らが武士もののふかどうかは、わからんが……」

 とキリキリと弓を引き絞る。

 

「我が国土を焼いた罪は……」

 士官らしき敵に狙いをつける。


「命でつぐなえ」

 ヒョウと放つと。


 スルスルと引かれた糸を辿るように、その矢は敵の士官に突き刺さった。


「ぐわっ」


 上がる悲鳴と駆け寄る取り巻きたち。そこへ情け容赦なく矢の雨が降り注いだ。


「「敵襲――っ!」」


 混乱が巻き起こるが、肝心のそれを治める士官が倒れている。


「波動――『風雲』」


 風が巻き起こり、放つ矢をあり得ない射程へ運んでいく。

 港へ逃れようとする兵もいるのだが、そこへも矢が風に乗って押し寄せた。


“アの国”の兵士は、全てこの波動から訓練に入る。

 集中力の向上、限界を超えた体力の増加とその超回復、もろもろの効果があるのはもちろんだが、“気”の発露を促すことで兵士としての心が練られるからだ。


 そしてそれは思わぬ副作用も産む。

 限界を容易く超えてしまう――ゆえに意図せずとも結末は無惨になる。


「上だっ、あの崖の上にいるぞっ」

 敵の誰が上げた声かはわからない。

 だがそこへ集中する銃撃に、跳弾に足を穿うがかれ、弓を押し出す手を射抜かれても足で弓を踏ん張り矢を放ち続けた。

 矢は腐るほど持って来ている。

 貴様らを一人でも削っておかねば、前には乙姫がいる。


『王を取られれば、この国は終わる』


 どうするのかの? と聞いて来たクソガキの顔が浮かぶ。いや、今やあの少年こそ実質我が“アの国”の大将だろう。

 我らが手も足も出なないと、諦めていた“ラ軍侵攻”をここまで追い詰めているのだから。

 

 その大将に“アの国”にも武士もののふがいると認めさせてやりたい――やるのだ。


 波動を放ちながら矢を放ち続けていると、目の前が暗くなってきた。もう、波動も使えなくなっている。

 港から浜風が吹き込んで、つがえた矢がポトリと落ちた。


 その時だ。浜風に乗って

「ま、前だっ! 前の部隊と合流しろっ」

 と声が届く。

 

 関所のある方向へ敵の部隊が駆け足で動き始めた。


 やってやったぞ。

 “ラ軍”どもめ、たった二人に尻尾を丸めて逃げ出しよったわ。


「ざまぁみろ……そっちは地獄の入り口だ」


 とわらう、二つ名もなき兵士つわものはドサリと地に倒れた。


――場面は前線に戻る。


 こちらはこちらで大変で。

 さっきからピュンピュン、ヒューン、ドォォォンッとサラウンド音響で空振と爆風と、舞い上がる飛礫つぶてに襲われて、リアルに絶体絶命です。

 

「若っ、まだですかの?」

 七郎さんが早打ちを繰り返しながら聞いてくる。


 もちろん波動『軽身』を使って高速移動してはいるんです。

 それでも、まるでこちらの動きを先読みするようにあちこちから砲撃や、銃撃が襲っているのですが。


 それもこれも

「我らが囮になり敵の目を引きつけるよって、ここそこに伏せてたもれ。それとコレは合図とともに放ってたも。くれぐれも早まってはなりませんぞ」

 と打ち合わせしたクロウさんの作戦のため。


「むぅ……」

 と何かを待つそぶりのクロウさん。


 と、そこへ

「み、港から敵襲――っ」

 と叫ぶラ軍の兵士たちが駆けてきた。


「今じゃ!」

 とヒューと音を立てて鏑矢かぶらやが空に放たれた。

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