第百十五話 クロウさんの檄

「王を取られれば、この国は終わる」


 どうするのかの? とクロウさんが皆の顔を見回した。


「それは嫌だ」

「許さない。そんなことは許されない」


 と兵の一人、そのまたとなりの一人が呟いて、黙っている者も目つきが厳しくなっていく。


 クロウさんは嬉しそうに膝を打つ。

「そうじゃ、許せるものか。武士もののふはの、我らが世界の武士もののふは、たったこれだけの」と畳二畳くらいを体を伸び縮みさせて空に四角を描く。


「たったこれだけの土地を守るのに命をかけるのじゃ。おかしい連中と思うだろうの? じゃが、たったこれだけを百人で守ったらどうじゃ? それが千人になれば?」


 ん? と見渡す。


「それが百年続けばどうじゃ? 命懸けで守った土地に水を引き耕し、作物を植えれば幾千もの人たちが暮らしていける土地が残るであろ?」


 と腰に手を当てピンっと人差し指を立てると、しゃがみ込んで地面をパンパンと叩く。


「じゃからたっただろうが命懸けで守るんじゃ。そうやって里ができ、国ができた――御身おんみらの国は違うのかの?」


 と手近にいた兵に小首を傾げて見せる。


「あ……いや、それは我らが“アの国”も同じだ」

 戸惑いながらも答えてくれた兵に嬉しそうに笑顔を向ける。


「おう、そうであったか? ならば無茶だろうが、命懸けだろうがやらねばの? そうやって我が身が朽ちてもこの国の肥やしとなれば、また――」


 と何かに気づいたのか土ごと両手に掬いあげた。

 土の中からまっすぐ伸びるそれは名もない樹木の苗木で。


「遠く未来で大樹と育ち、この国の緑となり水を呼び、子孫を癒す木陰ともなろうよ」


 と微笑むとそっと元の場所へ戻してやる。

 

「それをやるのが男であろ?」

 と肩腰に手をやると、ぐいっと胸を張ってみせた。


「若……立派な志しですぞ」

 と七郎さんが目をうるうるさせている。

 あ、七郎さん今のいらなかったかもしんないよ?

 

 だってほら、クロウさんも

「この国は幸いだのぉ、武士もののふが揃うておる」

 と褒めるおとこの顔へと変わったから。


「さぁ、目に物言わせて見せようぞ。貴殿はここへ――」

 と地面に石を置きながら配置を振り、合図はこれこれと役割を振っていく。


「いざ行かん」

 と立ち上がるころには


「「おうっ」」

 と声をそろえる軍団に変わっていた。


――――丘の中腹から。


 港の方へ少し戻るように進むと、丘のすそは街を造成する際に削り取られ突然途切れる。

 眼下には関所へ向かう“ラの国”の部隊の最後尾が、前がつっかえて進めないまま待機しているのが見えた。


 それはクロウさんがここに後続がおるであろ、と予想していたところで。

 得意げに戦略を明かしていたのを思い出し、苦笑いを浮かべた。

 

 まさしくそこに小隊二つ、六十人ほどが待機している。


『貴殿らはココから矢を射かけるだけ射掛けたら戻ってたも』

 と地面に書いた地図をもとに、置かれた石で指示を受けていた二人のア軍兵が潜んでいた。

 


『人は危機が迫れば味方のいる方へ動く。良いかな? ヤツらを前(関所がわを指差して)に追い込んで欲しいのじゃ』


 さすれば――と関所を示す拳大の石をチョンと触る。

『こちらへ寄ってくるはずじゃ。ここは人で溢れるであろ? そんなところに戦車は砲撃できぬし、身動きが取れぬ』


『そこへワシらは四方から弓を射かけ、かき回すだけかき回し、隙を見て戦車をいただく』


 思わず兵は聞き返した。

『敵を盾にとる……のか?』

『わるいかの?』

 

『いや大歓迎だ』

 

 そう言って武士もののふどもはカンラと笑った。

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