第百十三話 ゲリラ戦

「では、皆の衆――」

 とからげた弓を構え、ヒョウと放つ。

 

「反撃じゃ」

 

 低く鋭いげきに“アの国”の戦士たちは、一斉に矢を放った。


 距離にして二百メートル。

弓形ゆみなりに弧を描いた矢は、次々と敵の背に襲いかかった。


「うがッ」

「ごっ」


 ヒョウヒョウと矢は敵の背を、振り向いた首や胸を、無慈悲に射抜いていく。


「後ろだっ」

「背後に敵っ」


 反撃の火花がタンタンッ、ピュンピュンッと飛んでくる。


 そんな怒号が飛び交う中、腕に腕章をつけた士官が

「無駄弾を撃つなっ、カトー殿、敵はどこだ?!」

 と射撃をやめさせた。


 波動の揺らぎを『検知』に入るカトーが、やおら「銃を」とそばにいた歩兵からひったくると、ターンッと放って来た。


「あの木立の中だ」


 ひったくった銃を歩兵に突き返すと、こちらを指差す。

 一斉に歩兵が膝立ちに銃を構え、あたりは耳をつんざくような銃声と硝煙しょうえんの匂いに包まれた。


「……どう、だ?」

 

 敵の反応がない――どうなっている? そんな目線がカトーに集まる。

 八の字眉をさらに下げて外した、とカトーは首を振り再び『検知』を始めた。

 ジリジリと時間が過ぎる。


 目に見えない敵。

 これほど精神を削られることはない。やがて歩兵の一人が耐えきれず、カトーの示した木立のあたりに再び発砲を始めた。


「馬鹿っ、無駄弾を撃つなと言ったろうが!」

 

 駆け寄る士官に殴られてる。

 痛そう……なんて思っているオレたちは、とっくに丘の裾野すそののあたりまで移動していたりして。


「さて『検知』に引っかかる前にとぉ」


――――遠目で見ていた丘は。


 丘のすそまでたどり着いてみるとちょっとした小山に見える。

 言わずもがなだが、小山ほどある丘に登れば登るほど敵からの距離は離れていく。

 

 裾でさえ二百メートルは離れている。中腹にまで登ったあたりで四、五百メートルにはなるんではないだろうか?


 とても弓矢では“ラの国”軍には届かない。それでもここを登らねば、“ラの国”軍の背後を脅やかす前にオレたちがやられてしまう。


 どおすんだコレ……オレの思いを代弁するような小隊の皆さんの目線が痛いんですけど。


「さ、登って射かけようぞ」

 

 そんな思いとは全く関係なしに、クロウさんはズンズン登っていく。七郎さんなんか、なんの心配もしてないみたいだ。


「神仏は我らとともにあり、ですぞ」

 と小声でハッパをかけているが。


 うん……こんな人だった。なんて考えていると、


「あそこだっ、反対側のあの木立のあたり」


 とカトーの声がした。

 途端にパンパンッ、ピュン、ピューンッと銃声と空振が溢れ、木立の葉や幹が弾けた。


「『波動――軽身』」


『隠遁』を解除したオレたちは、山猿顔負けに丘の斜面を駆け上がっていく。

 まさか太郎ブートキャンプが、こんなところで役に立つなんてね。


 と、呑気に構えている場合じゃなかった。

 ちょっとでも木立が途切れると、パンパンッ、ピュン、ピューンッと銃声と空振で溢れ、木立の葉や幹が弾け飛ぶ。

 

 それこそトレイルランニング(山中マラソン)顔負けに激走した。

 やがて中腹に至ると銃の射程からも逃れたようで。


「……か?! ……奴らは……後ろを取られるなっ」

 と切れ切れに声が響いてくる。


「見事に分断してやったわい」


 ニヒヒヒッと笑うクロウさん。

 だが、それも一時の話だった。


 ヒューンと音がすると火花と土塊が舞い上がり、木立ちが吹き飛ぶ。


「なん……?!」


 と伺い見る眼下には想像していたが、現実にあって欲しくないものが到着していた。

 

 

 戦車だ。

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