第百十話 いたぞっ アレだ!

 カトー大佐の裏切りは、ワルレー軍卿といえど相当こたえたらしく。


「(敵は)いつ出てくると思う?」

 と、クロウさんに聞いてくるほどに、手の内を知る敵に苦慮していた。

 

「おそらくは三日と言わず……かの。船で来ておるのじゃ。補給は略奪品を当てにしておったのだろうが、それもできなんだ。短期決戦しかあるまいの」


 うむうむ、とアゴをなぜながら。

 軍師を気取ったクロウさんの、ないヒゲをさする仕草はどこか滑稽で。


「フッ……それならば願ってもないが、この大雨だ。後続の到着が遅れているのが気になる」

 

 さっきまでのやりとりと、そっくり返るような軍師っぷりが、ワルレー軍卿の心持ちを少し軽くしてるようだ。

 いつもの精悍な雰囲気に戻りつつある。


「心配すな、この大雨じゃ。明日は敵も上陸はかなうまい」


 とポンとワルレーの肩を叩いた。


――のはずだったのだが。


 その翌朝。


「敵に動きが! 揚陸艦から続々と箱舟が出てきます」

 と物見の歩兵が駆け込んできた。


「な?! この荒天に仮に船が転覆すれば、少ない兵力をさらに減らすゆえ控えるバズじゃ」

 ワケがわからぬ、とクロウさん唇を噛むことになる。


 この経験が後の壇ノ浦の戦いに活きることになるのか――と感心していると。


「カトーの入れ知恵だろう」

 と襟のボタンを、片手で器用にはめながらワルレー軍卿が近寄ってきた。


「後続が山からくることは知っている。

 この雨で後続の到着が遅れるくらい想像がつくだろう。兵力が整うまえに仕掛ける――ヤツの考えそうなことだ」

 と厳しい顔をしている。


「どれくらい乗り込んで来そうかの?」

 と物見役の歩兵に尋ねてみれば


「おおよそ二、三十人乗りの箱舟が十艘ほど。三百はいるかと」

 と雨雫あましずくしたたらせながら応えてくれた。


「三百人も割きおったか……」

 と黙りこむクロウさん。

 

 現状、ワルレー軍卿が引き連れてきた兵は二百。しかも相手は銃を持っている。


『この雨でも銃は撃てるのかの?』

 とクロウさんが尋ねてきた。

 焙烙火矢ほうらくひやのイメージがあるようだ。あれは導火線が湿しければ発射出来なかったから、銃も同じと考えたようだ。


 だが“ラの国”の艦隊は機銃を撃っていたから、火縄銃ではなく機銃を実用化してると思って間違いない。


『たぶん……撃てる』


『……そうだの』


 しばらくふぅむ、と考えていたがポンッと膝を打ち


「ワルレー殿、敵の狙いは乙姫とシズ姫じゃの?」

 言わずもがなのことを言う。


「手ぶらで帰るわけにはいかんからな。女王を拉致して勝った勝った、と言いたいんだろうよ」

 と憎々しげに答えると、ならば急ぎぞ、とクロウさん。


「二人を連れて山中へ移動じゃ。早く後続と合流した方が良い」

 それに、と続ける。

「山中ならば銃と言えど木々が邪魔してそうは当たらん」


 そうであろ? とワルレー軍卿を見る。


 うむとうなずき走らせる彼の目線に、伝令が部隊の野営地へ走った。


――――時刻は午前七時くらいになると。


 陽も上がりすっかり明るくなるはずの頃合いだが、昨夜からの雨のせいか薄暗く、しっとりとした空気は薄いモヤとなって山を覆う。


 ワルレー軍卿の部隊から借り受けた雨具に雨がシトシトと降りかかり、山道へ向かう足元はぐちゃぐちゃにぬかるんでいた。


 視界も足元も悪い中、意識を取り戻したばかりの乙姫を背負う太郎さんを囲むように、後続との合流を目指して山道へと差し掛かったころ。


「いたぞっ、アレだ!」

 とカトーの声が背後から響いた。

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