第百九話 おそらくは三日のうちに

「さて、小僧……これからどうする? こちらの手の内は筒抜けになっている思うが」


 大軍で威迫し停戦を飲ませる計画は、カトーの裏切りで失敗に終わった。


 修正が必要だが、他にも裏切り者がいれば改悪になりかねない。

 だからクロウさんはとぼけた、らしい。

 

はかりごとは密をもって良しとす……だからの』


 とつぶやく。


『衆人のまえで計略の話を持ち出すなど――焦っておるのぉ……』

 と渡された油紙をほどきながら肩をすくめた。


 干し肉を噛み切りちぎり、むしゃむしゃと咀嚼する。これがゴムを噛んでいるみたいに、噛んでも噛んでも噛み切れない。

 味付けなんか塩しか入ってないから、飲み込むまでに口中が塩っ辛くなった。

 

 涙目になって皆はどうしてるんじゃ? と見回すと鉄兜をひっくり返し、水筒の水でサッとすすぐと水を足し火にかけている。


 沸き立った水に干し肉を小刀で細かく切り分け投入し、柔らかくなったのを見計らうと乾燥野菜? をパラパラとふりかけた。

 簡易のスープが出来上がると、乾パンをいれ、ふやかしながら食べている。


「おお……う、うまそうだの」


 あくまで直に齧り付くよりは、だけど。


「ち、ちょっとだけ分けてもらえんかの?」

 と近衛隊ににじり寄っていくが、鍋? ならぬ鉄兜のあごひもを取っ手がわりにぶら下げると、距離を取られてしまう。


「な、ワシの干し肉を分けてやるに。そんなイケズをせんと、のぅ……ちょっとだけじゃ」


 武士の風上にもおけない意地汚さを発揮して、近衛隊ににじりよるクロウさん。


「あの……」

 とシズ姫が声をかけてきた。


「私のでよければ少し召し上がりませんか?」

 と恥ずかしげに皿を差し出した。

 ここらへんは身分の差、忖度そんたくの結晶が皿の中から湯気をあげている。


「いや、さすがに……」

 と我を取り戻すクロウさんの腹が、盛大にグルルッと鳴った。


 カッコつけても万事休す、だがきっとこれも千載一遇、オレの食欲は百八煩悩――あとはなんだっけ?

 まぁ男のプライドよりは、お子様の食欲が勝ったわけで。


「かたじけない、すまんのシズ姫どの」


 と皿にかぶりつくクロウさんを、シズ姫は微笑みながら見ていた。


――――夜明け前。


 ガサゴソと動き出す音に目が覚めたクロウさん。

 カンテラを照らし、そっと部屋を出て二階へ向かう人影のあとを追った。


 雨が激しくなっている。

 幸い全倒壊は免れたものの、あちこちから雨漏りがして踏み出すたびにピチャリと足音がした。屋根を叩きつける雨音が大きくなっている。


「眠れないのかの?」


 カンテラが照らすその人影はワルレー軍卿だった。

 こちらの問いに答えるでもなく


「……裏切られると孤独になるもんだな――人が周りにいれば余計だ……」


 ポツリとこぼし、あらぬ方向をしばらく眺めている。

 ふいにカンテラの灯りをこちらに向けた。


「敵は四、五百とはいえ銃を持っている。こちらが何倍いようが、弾切れするまではほふれるわけだ」


「怖いのかの?」

 

「平気でいられるか? 指揮一つ間違えば大勢の部下が死ぬ。それが尽きれば国すらなくなる――おのれを鼓舞して見せる相手がおらぬから、自分へ語っているだけだ。それを邪魔しおって」


「まるで乙女だの」


「なぶるか? くそガキが」


「孤独を抱えて生きるのが男であろ」


「知った口を聞く――まぁそれは良い、奴らはいつ討って出てくると思う」


「おそらくは三日と言わず……かの」


 と、どこか暗然としているワルレー軍卿に目をやった。

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