第百八話 合流したのは良いものの

「ここまでだな」


 とニジャール皇女。

 

 きっとこれは引き揚げの合図だと、ホッと胸を撫でおろしていると。

 

「なかなかやるではないか……」

 とクロウさんのくぐもった声がした。


――――気がついたのか?


 と小声で返してみる。


「ああ、すまんの。痛てて……タンコブができたわい」

 と頭をさする。

 と、感覚が遠のいていく。無事メインチャンネルに切り替わったようだ。


「シズ姫たちと合流せねば。松明にできるような布と棒っきれは……と」


 とそこいらを探し始めた。

 あたりはすっかり真っ暗になっている。すると、ゆらめく灯りが近づいてきた。


「若っ、どこにおわす。若――っ」


 七郎さんの声だ。

 焙烙玉ほうらくだまを引っ提げて、銃兵に向かっていってからはぐれたので、ここまで戻ってきたらしい。


「おお――っ、ここじゃ七郎。シズ姫と乙姫は無事かの?」


 気がかりだった二人の無事を尋ねると、

「あれからそろそろと下がって、燃え残った荒屋に避難しており申す」

 

 そこまで案内するという。


「なんにしても無事ならば良かったぞぇ。ワルレー殿はどうしてる?」


 怪我をしたワルレー軍卿の容態を聞くと、楔帷子くさびかたびらを着込んでいたので、命には別状ないようだ。


 止めまで刺さなかったのは、カトー大佐も良心がとがめたということか。


「さて、無事なご尊顔を拝見しにまいろうぞぉう」


 と妙な節回しで踊るように手をヒラヒラさせるから、七郎さんも苦笑いして歩き始めた。


 瓦礫の山を避けながらしばらく進むと、ぽっかりと壁に大穴を開けた、商館だったらしき荒屋あばらやにたどり着いた。


「クロウさまっ」


 とシズ姫が駆け寄ってくる。


「ご無事で何よりです」

 とイケメン面したクロウさんが、軽く手を上げて応えると

「クロウさまも」

 と微笑んで中へ案内してくれた。


 中に入るとなかなかに広い。

 吹き飛んだ壁の瓦礫や、壊れた家財を片付けた広間に一同が集っていた。


 カンテラの灯りがゆらゆらと影を落としている。

 一番奥に横たわる乙姫と付き添う太郎さん。少し離れた一団に、ワルレー軍卿が上着をアームホルダーにして右手を吊るし話し込んでいる。

 

 鎖帷子くさりかたびらを着込んでいたとはいえ、骨にヒビが入っていたらしい。

 満身創痍って感じだ。


 外を見ると新月なのか月も出ておらず、壁に空いた穴が暗闇を切り取っていた。その闇の中で光を反射してチラチラと白い筋が見える。


 雨が降ってきたらしい。

 近衛隊の人たちはここまで進軍してきた疲労もあるだろうに、雨が吹き込まないように端に寄せられていた瓦礫の中から、木材やら大きめの石を動かして穴を塞ぎ始めた。


 最後にカーテンを外すと穴を覆い、風が吹き込まないように工夫してくれる。


――――話が終わったようで。

 ワルレー軍卿が近づいてきた。


「さて、小僧……これからどうする? こちらの手の内は筒抜けになっている思うが」


 大軍を持って威迫し、停戦を飲ませる計画はカトーの裏切りで中途半端に終わった。


「うむ……天が味方してくれておる。大丈夫じゃろ」

 なぁ、と七郎さんと目を合わせると


「神仏が我らにはついておわしますからな」

 いや、まったくありがたいことで、と抹香臭まっこうくさいコンビが頼りない回答をする。


 ワルレー軍卿はしばらく呆れたように、片眉だけ器用に吊り上げこちらを見ていたが、背嚢はいのうから堅パンと干し肉の包まれた油紙を取り出し


「食って寝ろ」


 と告げてゴロリと横になり目を瞑った。

 

 ああ……頭痛がするよ、まったく。

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