第百七話 なかなかやるではないか?
マズイよ……クロウさん、気を失ってる。
クロウさんの体の感覚がオレに流れ込んできた。義経が死んだら歴史が変わってしまう。
まさしく存亡の危機。
どうする? オレ?! どうなる日本の未来?!
――――後ろから首筋を抱えられ絶賛、絶体絶命中なオレです。
「貴様らの軍師殿がここにいるぞっ。オトワニっ、シズ姫っ、コイツの命がおしくば出てきて兵を引かせろっ」
とカトー大佐がわめいている。
これまでの軍略でクロウさんのことを『軍師』と格付けしたみたいだ。
「乙姫、シズ姫っ。出てこいっ、しょせんよそ者と見捨てるか?」
とその声は戦場に響き渡った。
まずい。せっかく
「俸禄玉を破裂させる
と、さっき(前話)乙姫たちを逃したことが無駄になる。
きっと心優しいシズ姫のこと。
オレの命と引き換えに捕虜になると言い出しかねない。
「どぉした? 脅しと
と首筋に当てられた剣が薄くひかれて、血が滲むのがわかった。
死にそうですけど……ひょっとして死んじゃうのかも。
シズ姫との約束もはたせぬまま無意味に死ぬ――恐ろしさで膝がガクガク震えた。
まだまだやりたいことはある。いや、まだ何もできていない。
死にたくない。こんな死に方ってあるもんか――と思ったら、小さい頃の思い出がフラッシュバックした。
鬼の形相の親父がいる。
今は穏やかな親父だが、オレが小さい頃は鬼のように怖かった。
「
物置きを整理した道場みたいな板敷きの床に、オレは組み敷かれていた……親父の泣きそうな顔がとても不思議で。
仕込む、という。
それは小さな時にしかできないわけで。
きっとこういう時のために、心を鬼にして仕込んでくれたのかも知れない。
幼い頃から刷り込まれたそれは、
『秘伝……
それは源氏
筋力に劣る相手の重心を崩し逃げるための術が、思考より先に反応した。
グリグリと肩甲骨をうねらせる。
肋骨を連動させてムチのように体をくねらせると、首に巻き付いたカトー大佐の太い腕がわずかに緩んだ。
その隙間に
そのまま体を沈めて首を引き抜き、剣を持つ右小手を
「どわっ」
と、もんどりを打って倒れるカトー大佐。
剣を取り落とさないのは流石だ。その手が足元にあったから蹴飛ばしたけど。
剣はカランカランと剣が転がっていった。
中村家秘伝――源氏◯法なんとか。
忘れた……技名をシャウトしてカッコよく決めたかったところだけど、今はそれどころじゃない。
目についた瓦礫の影に走り込む。
「くっ、あそこだ。あれを囲め」
と剣を拾い上げると銃兵に指示するが、あれと言われてもあたりはすでに真っ暗だ。
波動『夜眼』の使えるカトー大佐のように、夜目が効くわけではない。
まして“ラの国”の兵からすれば、“アの国”の裏切り者が将校面で指示を出してくるのに反発していた。
オレが瓦礫の影からそっと見ていると。
「ここまでだな」
とニジャール皇女は、揚陸艦へ向けて信号弾を打ち上げさせた。
きっとこれは引き揚げの合図だと、ホッと胸を撫でおろしていると
「なかなかやるではないか……」
とクロウさんのくぐもった声がした。
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