第百六話 どうする? オレ?!

「一騎打ちが叶わぬなら、もうどうなっても知らんぞ。ワシにとってはどうでも良い話じゃ」


 と焙烙玉ほうろくだまを取り出し導火線に火をつけた。


「どのみちみんな死ぬのであろ?」


 やけっぱちになったからと言って、この状況が変わるわけではない。ゆえに何言ってんのコイツ? と言う空気になる。むしろ何をしたいんだ? と言う当然の疑問に全員の動きが止まった。


道連みちずれにする気か?」

 とニジャールは銃兵に素早く目配せすると、狙撃せよ、の意思を込めた一瞥いちべつは即座に伝わる。


 熟練の狙撃兵なら一秒もあれば狙撃できた。

 ものの十メートルもないこの距離ならば、外しようがない。


 銃座じゅうざを肩に当て照準をのぞき、照門しょうもんに銃の先端にある照星しょうせいをあわせ引き金を引くだけだ。

 

 だが、その照星しょうせいの先に焙烙玉ほうろくだまが放り込まれたのなら話は別だ。


「うわぁぁっ」


 と反射的に飛び伏せていた。

 果たしてその動きは正解となる。ドォンッと上がる土煙に飛び散る破片が頭上を通過し、爆風が服を捲りあげた。


 ニジャール皇女は、と見るとそばにいる兵が身を挺して守り、被害はなさそうだ。


「な、何をしておるっ。早うあのれ者を撃てっ」


「「はっ」」


 呼応して慌てて標的を探し、あたりを見回すが誰もいない。


 カトー大佐がニジャール皇女のそばへ走り寄り


「波動『隠遁いんとん』だ。目くらましごときに慌てるな!」


 と狼狽える兵たちを落ち着かせた。


「どこまでもふざけた野郎だ」

 

 忌々いまいましげにあたりを見回し波動を練り始めた。

 波動『隠遁いんとん』を使うと周りの空気をねじ曲げ、実体は陽炎のように空気がゆらめくようにしか見えなくなる。


 まして今は夜のとばりがおり始める黄昏時たそがれどき

 人の顔が見づらくなって「たれかれ(誰ですかあなたは)」と尋ねる頃合い、と言うのが語源となったくらいの暗さ。

 目に頼っては見えるはずがない。


「波動……『検知』」

 とカトー大佐が両手を突き出し、五本の指をアンテナのように広げる。


 波動を発し続けて視覚をごまかす『隠遁いんとん』は、波を感じる感覚を引き上げる『検知』で知覚することができた。

 ましてカトー大佐は近衛隊長。

 潜む敵を察知する『検知』に長けていた。


 そろりそろりと後ずさる気配がする。


「そこだっ」

 裂帛れっぱくの気合いとともに袈裟斬けさぎりに切り裂いた。

 

 ヒョイと飛び退く人影。

 だがその影も足場の悪さが災いして、したたかに転がった。


「いつッ」

 

 その出どころはオレとクロウさんだったんだが。


「さぁ、大人しくしろっ」


 術の解けたオレとクロウさんは易々と絡め取られた……わけで。

 

 おいっ、クロウさん?!


 あれ……? いつもの「むぅ、放しおろっ。たわけ者っ」とか、から元気な声がしない。


 おい……どおした?

 マズイよ……クロウさん、気を失ってる。

 

 クロウさんの体の感覚がオレに流れ込んできた。


 これってなに? サブチャンネルに切り替わってしまったわけ?!


 今までのオレはクロウさんの目線をVR感覚で体験する視聴者にすぎなかった。

 それがいきなり画面に映る主人公に切り替わってしまった感じ? しかも絶体絶命なシチェーションで。


 おぅふ……詰んだ。

 

 このままクロウさんが殺されたらオレはどうなっちゃうんだろう? いやいや義経が死んだら歴史が変わってしまう。

 平家のまま政権が続いて江戸幕府はないかも知れないわけで。

 明治維新は起こらず、まったく別の世界になればオレも産まれてないかも知れないわけで。


 まさしく存亡の危機。

 どうする? オレ?! どうなる日本の未来……ってどうしろって言うんだぁぁぁ!

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