第百五話 やけっぱち

 電光石火に放たれたカトー大佐の抜き打ちは、すぐそばにいたワルレー軍卿を袈裟斬けさぎりにする。

 

「な……カトー大佐、何をする?」


 と苦悶に顔を歪ませた。


 七郎さんとクロウさんが抜刀し、ワルレー軍卿をかはうように飛び込みざま一太刀放つと、カトー大佐は軽く飛び退きゆるゆると距離をとる。


 その場に居合わせた近衛隊は呆然と成り行きを見ていた。

 信じられないという思いと疑いようもない造反。

 日ごろカトー大佐に接していた者ほど、あり得ない光景に我が目を疑い動けずにいた。


 すっかり薄暗くなり星がちらほらとまたたく空に、それを突き刺すような笑い声が上がる。


「はっはは――っ笑えるな、ワルレー軍卿殿。どうだ飼い犬に噛まれた気持ちは?」


 切り裂かれた服の上から手を当て、苦悶に顔を歪ませるワルレー軍卿は


「む、むぅぅ……っ」

 

 うめく声は斬られた痛みなのか、裏切られた心痛なのか。それを弱り目と見たニジャールが軽く顎を突き出し、薄笑いを浮かべた。


「なぜ我らが最重要機密の“大妖ハデス”を嗅ぎつけたか? 貴様ら“アの国”の軍容を、偽りの報告書に惑わされることなく把握できたか?」


 そして貴様、と腰に手をあてかがみワルレー軍卿と目線を合わせる。


「貴様の目論見がなんなのか? が我らに把握されていたわけ……少し考えればわかるであろう?」


 ん、わからぬか? と首を傾げてみせた。


「二十年まえから忍ばせていた“草”だよ。タイゼン家はもっとまえからだがな」


 と手品の種を明かし得意げに笑うニジャール皇女。

 

 “草”とは時間が立つほどに溶け込み、警戒心が薄れた頃に動き出すスパイ。

 実際かつての日本にも存在した。


 肩で息をしながらワルレー軍卿が

「近衛にとるまえに十分身辺調査はしたはずだ。それをどうやって……」

 と悔しげに尋ねる。


「どこの組織にも腐れはおりますからな。金のまえには脆かったですよ」


「幼馴染を――兄弟のように育った私を、斬った気持ちはどうだ?」


 八の字の眉毛をさらに下げたカトー大佐は、太刀を下ろすと肩をすくめた。


鎖帷子くさりかたびらを着けろってひつこく言ったでしょう? 外道の思いやりってもんです。

 政権奪取クーデターをそそのかしたのも、半分くらいはあなたの理想に共感していた」


 ですが、と再び太刀を構える。


「思わぬ邪魔が入った」


 とオレたちをめつける。


「さあ、兵を引いてもらいましょう。

 銃兵に命じれば、この場にいる女王はじめ王女は死ぬことになる。

 もちろん我らも後から来る軍団に殺されるが、“ラの国”から後続がくれば同じことです。

 無駄な血を流すのは無能の将なのでしょう?」


 パチリと太刀を鞘に収めてみせた。


「ぬぅ……卑怯者がたわけたことを申すのぉ」

 とクロウさん。


 くぅっと悔しげにカトー大佐を睨んでいたが、


「一騎打ちで決しようではないか」

 と言い出した。


「貴様にその資格はない、下郎げろうごときが口を出すな」

 とカトー大佐は一瞥いちべつもくれずに突き放す。


 それもそうじゃの……と素直にうなずくクロウさん。乙姫とシズ姫の護衛に耳打ちすると、ワルレー軍卿にトコトコと近づいて行く。


「準備はしてきたであろうの?」

 と小声でささやいた。


「まったく貴様ほど油断のならんやつはおらん」

 と紙包みをクロウさんに託す。


 それを素早く確認すると、カトー大佐に向き直った。


「一騎打ちが叶わぬなら、もうどうなっても知らんぞ。ワシにとってはどうでも良い話じゃ」


 と焙烙玉を取り出し導火線に火をつけた。


「どのみちみんな死ぬのであろ?」

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