第百四話 裏切りの街角

「あたりに二百の兵を潜ませております。ここらで手打ちとしませんか?」


 とこわばった笑顔を浮かべている。


「ほぅ……? それで?」


 とニジャールは嘲笑わらった。


「ハッタリもそこまで幼稚だと笑える……二百の兵を潜ませているだと? いつそんな暇があった? 大妖ハデスが暴れ回り砲撃が飛び交う中、潜ませることなどできるはずがない」


 ワルレー軍卿は苦笑いをしながら、ゆっくりと振り返り背後の山を指差す。


「我らは波動『隠遁』が使えます。あなた方を喰らおうと夢中になっている大妖ハデスを、気づかれずに後を追うのは造作もないこと。

 決着がつくのを見計らって忍んできたらあなた方がいたというわけです」


 それに、と振り返る。


「すでに後発隊が二千こちらへ向かっております」

 と付け加える。


「あなた方が手を引けばよし。さもなくば雌雄を決することになります。対して今あなた方は二十名……と言ったところでしょうか?」

 

 ふいに海に目をやり、暗くなっていく海面に黒く浮かび上がる揚陸艦を目に止める。


「いやあちらにあと四、五百か。それにしても無理がありますな」

 と首を傾げて見せた。


「大妖ハデスを囮にして伏兵を潜ませていただと……?」

 ニジャール皇女の顔色が変わる。


「遠い異国の地で亡き骸をさらしたい者はおらんでしょう――――無用な血を流すのは無能の将。

 違いますか?」 


 ニジャールは顎を突き出すとフンッと鼻で笑った。

 

 間髪を入れず“ラの国”の銃兵士たちが照準をワルレー軍卿に合わせる。

 ここらへんは交渉する場にひきつれる銃兵士たちだ。阿吽の呼吸が出来上がっているらしい。


「降伏して兵を引かせろ。少なくとも貴様の命は助かる――今はな」


 と強気な態度は変わらない。


「……私を殺したとしても、二千の兵士どもは止まりませんぞ。そちらが銃弾を撃ち尽くしても、押し寄せる兵にはまだあとがある。助かりますまい」


 なにせ、とあたりを見回す。


「ここらで産まれ育った者たちです。家を焼かれて黙って引き下がるとお思いで? 当然ですが私が討たれたら、あなた方を皆殺しにせよと指示しております」


 しばらく無言の睨み合いが続くとニジャールの方が諦めたようだ。


「条件を出そう。それで手打ちだ」

 とこちらに目を向ける。


「オトワニとシズ姫を差し出せ」

 と再び目を戻す。


 ワルレー軍卿はふぅ、とキザったらしく肩をすくめた。

 それが存亡の危機という舞台でいかに相手が不条理ナンセンスと印象付けるのには十分なわけで。


「お話しになりませんな、女王を差し出すなど全面降伏と変わらない」


 そうこう言っている間に近衛隊の手によって乙姫はこちらへ運ばれている。


「このまま引き上げてもらえませんか? 互いに無駄な血は流さなくても良い」

 

 と話しながらニジャールの含み笑いに不審を覚えた。


「何がおかしい?」


「ああ……間抜けの真面目なつらは滑稽だと思ってな。そろそろ良いだろう」


 と腰に手をやると

「カトー!」と鋭い声を発した。


 え? と思う暇もない。

 電光石火に放たれたカトー大佐の抜き打ちは、すぐそばにいたワルレー軍卿を袈裟斬けさぎりに、返す刀でクロウさんへ振り払われた。


「な……?」


 咄嗟に飛び退いたクロウさんは難を逃れたが、ワルレー軍卿は肩を抱えてうずくまっている。


「な……カトー大佐、何をする?」


 と苦悶に顔を歪ませた。

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