第百三話 手打ちとしませんか?

「ご苦労だった。武器を捨てて地に伏せよ」


 と居丈高いたけだかな女の声が響いた。

 瓦礫の影から湧いて出るように“ラの国”のやたらと襟のでかい枯れ草カーキ色の軍服が湧いて出てくる。


「はて? 珍妙な格好をした野次馬やじうま殿だの?」

 

 クロウさんはほほぅと目を丸くしているが、本人は挑発しているつもりはない。むしろ好奇心が盛り上がって思わず口にしたパターンだ。

 

 ちなみに、クロウさんたち平安末期の服装は。

 男性は直垂ひたたれという甚平じんべえみたいなのをはかまにインして、下は丈の短い裾絞すそしぼりの小袴こばかまが一般的だ。

 

 これが後の武士の普段着となる。

 

 それに対して“ラの国”の軍服は、上着はダブルの長いコートで前あわせを二列のボタンで止めてある。

 下はオレにもお馴染みのズボン。


 初めて至近距離で見る“ラの国”の兵士に、平安貴族の「強装束こわしょうぞく」のぴっちりした着物を着た変なやつら、という印象を受けたようだ。

 

 その中から青い軍服を着た女が進み出た。


「ニジャール・ラ・フンデルである。大妖ハデスの封印とは良いものを見せてもらった。

 おかげで我が“ラの国”の勝利は確定したようなものだ、感謝しよう。

 “アの国”の切り札大妖ハデスを封じたことに免じて、命だけは助けてやる」


 と名乗りをあげるとニヤリと笑った。


「もちろん抵抗するのも構わないがな……」


 顎をしゃくるとタンタンッと兵が空へ向かって発砲した。

 

「このまま全員蜂の巣になるだけだ」


 まじか……ビビるわぁ。

 どっか逃げ道は――?


 瓦礫がれきと化した廃墟の街で、わずかに原型をとどめている家屋の壁や柱があちらこちらに起立している。

 夕陽も落ちてきて、それを薄紅うすくれないの色に染めていた。このまま暗くなればひょとしたら逃げられるかも知れない。


 うん、かも知んない――とか算段していると


「オトワニ女王とその娘シズ」


 とニジャールの嫌なお呼びが。


「貴様らには“ラの国”へ来てもらおう。“アの国”の面々が妙な気を起こさないよう『大事な人質』として扱ってやるからありがたく思え」

 と口に手の甲をあてケラケラと笑った。


「切り札を自ら倒した気分はどうだ? こんな結末こそ邪悪な一族にはお似合いだろう?」


 と嫌味たっぷりに笑うと


「他の者は殺せ」


 と冷たく言い放った。


「はっ」

 隊列を組むと、横並びに展開して膝立ちになる。


 その隊列の一番端っこにいる偉そうな人が、腰のサーベルを引き抜いて天に掲げると


「構えっ!」

 と号令をかける。


 一斉に照準をオレたちに合わせたのですが(汗)

 アカン……もう圧倒的に詰んだぁ、と目をギュッと閉じた。


「待たれよっ」


 と後ろから声が上がる。

 聞き覚えのある声に振り向いて見ると、そこには水車小屋で別れたワルレー軍卿がいた。


 その隣にはカトー大佐が。

 それだけではない。そこらじゅうから陽炎がゆらめいたかと思うと、弓を構えた“アの国”の軍団が現れた。


「ニジャール陛下。今しばらく」


 と場を制するように手をかざし進み出てきた。

 見る見るニジャール陛下? の顔色が変わる。


「ワルレー軍卿、なぜここにおる? 貴様は竜宮城で……?」


 死んだと思っていた。

 爆撃で宮殿は吹き飛び、隣接した兵舎にも火の手が回ったはずだ。しかもそのあたりから大妖ハデスが登場している。


 生きているはずがない、その予想が裏切られ明らかに動揺していた。


「あたりに二百の兵を潜ませております。ここらで手打ちとしませんか?」


 とこわばった笑顔を浮かべている。


「ほぅ……? それで我らに勝ったつもりか?」


 とニジャールは笑った。

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