第百話 クロウさんのターン

 身のうちから憎しみががれ落ちていった。

 

『愛おしきかな……我が子孫よ』


 と頭の中に声が響いた。

 そうか、あれは祖霊の言霊ことだまであったか。


 と安堵したとき、体から剥がれ落ちた憎悪とともに意識を失った。


――――崩れ落ちる乙姫。

※ここからはオレとタロウさん目線に戻ります。


「お母様!?」


 シズ姫の悲鳴が響いた。

 間髪を入れず近衛の小隊が姿をあらわし、捕縛の縄を打つ。


 結界のしめ縄から飛び出して、それをさえぎろうとするシズ姫を羽交い締めをしてクロウさんが押し留めた。

 同じく飛び出そうとした太郎さんを、七郎が両腕を広げてさえぎっている。


 太郎さんの眉間にしわがより殺気が膨れ上がった。


「退いてください。退かねば力ずくでも押し通りますぞ」

 と波動との同調を始めるピリピリとした空気が漂い始める。


 クロウさんはそれを目にすると、下腹に響く声で

「落ち着きなされっ!」と一喝した。


「まだ大妖ハデスが去ってはおらぬ。あれを見なされ」

 と顎でしめす先に縄打たれた乙姫の体から、黒い瘴気がたち登っている。


「……? お母様はご無事なのでしょうか?」

 不安気にクロウさんを振り返るシズ姫。

 

 羽交い締めしているところに振り返るから、シズ姫のドアップなんですが。


「お、おう、これはご無礼した」


 と慌てて身を離し、眉間の皺が深くなる太郎さんを『落ち着かれよ』と手で制する。


「媒介(乙姫)から離れたとはいえ、また取り憑くかも知れぬと――あの縄は事前に乙姫が準備させた結界のしめ縄じゃ。落ち着いてたも」


 とシズ姫の取り落とした神楽鈴を土埃を払って手渡した。


「しばし時間を稼いでたも」


 と優しく笑う。


「あれは?!」


 太郎さんの声に振り返ると、山のように膨れ上がった黒い霧が、人の顔へと形を変えていた。


「近衛の衆っ、結界へ避難なされ」

 顔色を変えたクロウさんの呼びかけに、呆然としていた近衛の小隊が駆け込んでくる。

 

 土俵ほどしかない結界のしめ縄へ、すでに同調を終えていた太郎さんが波動を放った。


「波動っ『意縄』」


 すると地に丸く置かれていたしめ縄が輪を広げて、空中へ浮かび上がりクルクルとオレたちを囲み回り始める。


「シズ姫っ」

 とクロウさんの声に頷くと、シズ姫は静かに舞い始めた。


 シャラシャラしゃらーんっと鈴の音が響き渡る。

とほかみえみため(遠くにいらっしゃる)、祖霊それい大霊たいれい、神溜まりにおわしますの大神達。

 諸々もろもろ禍事まがごと 罪穢つみけがれを祓い給え 清め給えと 申す事のゆえを聞こし食せとかしこかしこみ申すぅ〜う」

 神楽鈴をかき鳴らす音と、シズ姫の鈴を転がしたような声が同期して響くと、黒い霧が動きを止めた。


『なぜじゃ……我を蘇らせたのは貴様らであろう。なぜ我の邪魔をする』


 地の底から響くような声が頭の中で反響する。


「「ぐおっ」ぬおっ」

 

 近衛隊が頭を抱えて座り込み、太郎さんと七郎さんは脂汗をにじませながら波動を『意縄』に注ぎ込み、今にも吹き飛びそうなしめ縄を支えていた。


『その娘を我が現し身に!』


 と巨大な黒い顔は大口をぱっかりと広げて襲いかかってきた。


 パチーンッと火花が散る。

 結界に触れた瞬間に大妖の邪気が弾かれたようだ。


『おのれ……小賢しい! 結界ごと飲み込んでくれる』

 パカリと開けた大口は。


 もはや洞窟のように膨らんでオレたちに迫ってきた。

 クロウさんが懐に手を突っ込む。鋭く七郎さんと太郎さんに目線を飛ばすと

 

「七郎、太郎殿っ! 投げ込めっ」


 と吠えると光るナニカを放り投げた。


「へ?」

 

 ……何を、と言う顔だ。


――――作者より。

 ついに百話まで辿り着けました。ここまでお付き合いくださいまして誠にありがとうございます。それもこれもお付き合いくださった皆様のおかげです。ありがとうございます😭

 ラストまであとしばらく。

宜しければ最後までお付き合いください(*>人<)

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