第九十五話 鎮撫の舞

 灰色が支配する世界の中で。


 しゃら――んっとシズ姫のかき鳴らす鈴の音が響いた。


 その先には大妖ハデスが夕焼けを背景に、黒く浮かび上がっている。

 再び鳴り響くシズ姫の鈴の音。


 しゃら――んっ、しゃら――んっ、シャラシャラ……しゃら――んっと独特の節回しで掻き鳴らされて。


 黒い人魂を喰らうのに夢中になっていた大妖ハデスが、この音に気づくのは当然なわけで。


「ヴォォウ……」


 ゆっくりとこちらへ振り向いた。

 

 第二形態セカンドから、かなり小さくなっているとはいえ、ゆうに八メートルはある。

 現代で言えば二階建てくらいの大きさだ。


 ゴツゴツした溶岩石のような皮膚に、不自然に長い四本の腕。

 妙に肩幅がせまくそこから飛び出たような首のな小さい頭部。

 耳者もとまで裂けた口に真紅の瞳。それがなんとも禍々しい目でこちらを睨んでいる。


「近衛衆、頼んだぞ」


 とクロウさん。

 

「「おうっ」」

 と応じた近衛小隊の人たちは、『波動、隠遁』と唱えるとたちまち風景の中に消えていく。


 クロウさん、太郎さんと七郎さんはシズ姫の盾とならんと、槍と薙刀を翳して立ち塞がった。


 しゃら――んっ、しゃら――んっ、シャラシャラ……しゃら――んっと鈴の音は続く。


 大妖ハデスはしばらく不思議な物を見るように、小首を傾げていたが、やおら四本の腕を振り上げると


「ヴォォウッ」


 と鳴いた。


 体をかがめたかと思うと、地響きをたてて四本の腕と短い足で地をめくらんばかりに駆けてくる。


「近衛衆っ」


 とクロウさんが声を上げると、風景に溶け込んでいた近衛小隊が、一斉に縄を投げ込んだ。

 その全てに波動『意縄』が通してある。


 波動を通された『意縄』は、術者の意のままにスルスルと伸びると、大妖ハデスの手足に絡みついた。


 縄の反対側は焼け残った石造りの建物の柱に結えられ、多少の力では解けることのないように、十重二十重に括られている。

 

「ヴォォウッ」


 絡みついた縄に引っかかり、どうっと大妖ハデスは転倒すると、初めて自らが罠にかかったことを知った。


「近衛衆っ」


 とクロウさんが声を上げると、陽炎のように人影が浮かび上がり

「波動っ、緊縛きんばくっ」

 と発する。

 

 砲撃すら効かない大妖ハデスには、その攻撃は些末なものに思われた。だが、波動は内部に浸透する。

 それも軍の中で選りすぐりの近衛の波動だ。


 パンッと火花が上がると、ビクッと巨体を震わすと無敵の巨人が動きを止めた。


 その間にも、しゃら――んっ、しゃら――んっ、シャラシャラ……しゃら――んっとシズ姫の鈴の音は続く。


 それは浄化の鈴の音。

 大妖ハデスの体を構成する“憎悪の外魂”が浄化され始めた。


 ゴツゴツとした溶岩石のような皮膚から、ポロリと塊が落ちる。それはしばらく黒い瘴気を放っていたが、やがて灰色の石塊へと姿を変えた。

 ポロポロとこぼれ落ちていく石塊たち。


「ヴォォ――――――ッ」


 と大妖ハデスは吠えると、身を捩って拘束する縄を引き剥がそうと身悶えた。ボロボロとこぼれ落ちていく我が身に「ガッ、ガッ、ガァァァ――ッ」と悲鳴を上げながら。


 その原因であるシズ姫を睨みつけ、耳元まで裂けた口をパッカリと開けた。

 中からは怨念に満ちた呪咀を伴って黒い人魂が溢れてくる。


『死にたくない、死にたくない』

『助けて……助けて……』

『アイツが憎い、アイツのせいでオレは……』


 さまざまな呪詛じゅそを吐き散らしながら、噴き出てきた黒い人魂が人型ひとがたに姿を変えると、シズ姫に襲いかかってきた。

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