第九十四話 死のワルツ

「さて大妖ハデスがどこまで削ってくれるかの?」


 砲撃をくぐる大妖ハデスに視線を戻すと、大妖ハデスは埠頭ふとうのあたりまで移動している。


 艦隊からの砲撃はいつのまにか止んでいた。

 

 ついに弾切れか?


 沈黙する艦隊を嘲笑あざわらうように、大妖ハデスは四本の腕を広げた。


 広げた腕から繰り出された黒い血管が、手前の巡洋艦に伸びていき、真っ黒な瘴気しょうきを吐き出した。


 それは悪夢の繰り返しを見せられているかのようで。

 瘴気しょうきを喰らった巡洋艦は、片割れの巡洋艦へ狂ったように突っ込んでいく。


 機銃を掃射するのみで、砲撃をしないところを見ると本当に弾切れだったらしい。


 メリメリッと船体に食い込む音が、ここまで聞こえてきそうな勢いで中央に突き刺さると、互いが絡みあうように回頭する。

 そこへまた大妖ハデスが黒い血管を飛ばし、真っ黒な瘴気しょうきで包み込んだ。

 

 パパパパ――ンッと破裂音が響いてくる。

 互いに機銃の掃射を交錯させ、オレンジ色の火花が船体のあちこちで上がった。

 灰色の煙を立ち昇らせながら、まるで円舞曲ワルツを踊るように回る。

 

 それは巨大な質量をぶつけ合い踊る、巨人の死の舞のようで。

 

 息を殺して見つめていると、両艦とも沈黙し波に任せるまま漂い始めた。


「ヴォォウッ、ヴォォォォォ――ウッ」


 どうだ、と言わんばかりに四本の腕を広げ吼える大妖ハデスが、カパリと大きな口を広げると瘴気の中から黒い人魂を吸い込んでいく。


――――殺していた息をふぅと吐き出すと。


「ここまでじゃの」

 とクロウさんは呟くとかたわらのシズ姫に目をやる。


「母君は見事に仕事をやってのけた。あとは我らが母君を大妖ハデスから解放してやらねばの」

 

 と優しく、とても優しく微笑むと、シズ姫は一も二もなく頷いた。


「ええ、一刻も早く」


 と、決意みにちた目で見つめ返してまた頷く。


「さ、皆がまっておるにの」


 とうながすと恐々と下を見下ろす。改めてこの高さから下を見たら怖気付おじけずいたようだ。


「ワシが先にゆるゆると降りるゆえ心配はいらぬ。落ちそうになったら支るゆえにの」


 と破顔した。


――――無事に着地すると。


「皆の衆、これより大妖ハデスのを封じる神事をとり行う」

 と、一同に告げるクロウさん。


「シズ姫は準備にかかられよ。ワシと七郎、太郎殿はシズ姫の警護じゃ。近衛の衆は艦隊から狙われぬよう、波動『隠遁』で囲んでワシらを守ってたも」


 一同抜かることなきよう、と見回す。


 前述したが、持って生まれた“威厳”がこう言う時に発揮される。


 たかが十五の小僧がと、まわりの大人からすれば『何を生意気な』ともなりそうだが、自然と指揮する立場に回っていた。


「承知っ」


 と七郎さんが間髪を入れず跪くから、なんとなく近衛小隊の人たちも「う、うん、承知した」となって、隊列を組み始めた。


「さて、これからが本番である。皆の衆、出陣じゃ」

 とクロウさんが勇ましく声を上げると


「「応っ」」


 と不思議な顔で皆が声をそろえた。


――――埠頭ふとうに近づくと。


 目も当てられないくらい破壊されたシャルル港の一帯が嫌でも目に入る。

 あちこち焼けこげて、艦砲射撃ですり鉢状に穿うがたれた大きな穴が空いている。

 道という道は瓦礫で埋め尽くされ、あれほど爆音で満たされていた一帯は嘘のように静寂に包まれている。


 昼過ぎに始まった戦闘は夕刻に迫る今、全く沈黙している。


 灰色が支配する世界の中で。


 しゃら――んっとシズ姫のかき鳴らす鈴の音が響いた。

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