第九十三話 第三形態

「ほほぅ、あと二隻もやるおつもりだの」


 見ると大妖ハデスが、シャルル港に侵入した巡洋艦二隻に四本の腕を振り上げている。

 そこへ砲弾が撃ち込まれた。

 ドォォォンッと砲声が鳴り響き、大妖ハデスがグラリとよろめく。

 

 いかに大妖ハデスとはいえ近距離で、音速を超えて飛び込んでくる鉄の塊を喰らえば、さすがにダメージはある。

 腹部から盛んに黒い瘴気をあげながら、二本の腕で腹部を押さえてうずくまった。


 その様子を見て調子づいたのか、巡洋艦二隻から立て続けに黒煙とオレンジ色の炎が吐き出され、ドォォォン、ドォンッ、と大妖ハデスに着弾した。


「ヴォォォォォ――――ッ」

 

 怒りの雄叫びを上げるも砲撃は止むことはなく、ドドドンドン、ドォォォン――ッと、その姿が見えなくなるほどの着弾の黒煙が上がる。

 見ると巡洋艦二隻からだけでなく、その後方の戦艦二隻からも砲撃が加えられていた。


 全ての艦艇から黒煙とオレンジ色の炎が吐き出され、ヒュウン、ヒュウンと空気を切り裂いて大妖ハデスに襲いかかっていく。


 黒煙と真っ黒な瘴気が大妖ハデスを包んで。

 立ち上がった黒煙が陽の光を隠すほどに立ち昇ると、やっと砲撃はおさまった。


「さすがにやばいかの……」

「お母様……」


 となりでシズ姫が目に涙を浮かべ、手を祈るように組み合わせている。


 そのシズ姫の肩にそっと手を添える太郎さん。

「大丈夫だよ、シズ姫。大妖ハデスは前文明の産み出したものだ。そして砲撃も――おそらくだが、その時点であったもの。そうであるならば対策はされているさ」

 と語りながら同じく祈るように黒煙を見つめていた。


「……で、あったようだの」


 と言うクロウさんが指差す先に、黒い瘴気を吹き出し続けていた大妖ハデスがいた。


 ん……? かなり小さくなってるけど。


 第二形態セカンドの時は四十メートルくらいあった身長が、八メートルくらいに縮んでいる。


「おそらく『外魂の玉』を消費して復活しておったのが、残り少なくなってきて小さくなっておるのであろ」


 省エネモードになったってこと? なんだろうな。


 その動きを見て七郎さんが眉を顰める。

「……ですがずいぶん機敏になっておりませんか?」


 黒煙がおさまったあたりはもはやクレーターのように穿たれていて、そこから大妖ハデスは黒いモヤを吹き出しながら飛び出してきた。


「ヴォォウッ!」


 ひと吠えすると、ドドドドッと地響きを蹴立てて駆け出していく。


 それを艦隊のほうも確認したのか、慌てたように砲撃を再開した。ドンドン、ヒュルル――ッと砲声が鳴り響き、着弾の黒煙は上がるのだが、ジグザグに素早く動き回る大妖ハデスを捉えきれていない。


第三形態サードって……」


 と呟いたオレを太郎さんが聞き咎めて、こちらに怪訝な目を向けるが、オレの思考を読んだクロウさんが頷いて見せる。


「あれ以上の変化へんげはない。我らの出番が近づいておるのじゃ、七郎と太郎殿は準備をしてたも」

 と厳かに告げた。


 血筋のなせるわざなのか、こう言う物言いをすると従わ

ざろうえないような空気を作る。

 一も二もなく、七郎さんは太郎さんの袖を引いてハシゴを降って行った。


「さて大妖ハデスがどこまで削ってくれるかの?」


 砲撃をくぐる大妖ハデスに視線を戻すと、大妖ハデスは埠頭ふとうのあたりまで移動している。


 艦隊からの砲撃はいつのまにか止んでいた。

 

 ついに弾切れか?


 沈黙する艦隊を嘲笑うように、大妖ハデスは四本の腕を広げた。

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