第九十二話 ラの国の悪夢3

 信じられないことに巡洋艦アヴァーラはこちらへ砲撃してきた。ドォォォンという衝撃に監視塔へ報告を求めるが返答がない。

 副官が艦橋から外へ繋がる非常階段へ飛び出すと、


「艦長っ、マストが吹き飛んでいます」


 と驚愕の報告をしてきた。


 ••••••

 


「なん……だと?」

 

 しばらく言葉を失う。

 これも大妖ハデスの技なのか? 大妖ハデスに操られ、こちらに攻撃してきたならば『敵として』迎撃せねばならないが――いや、推測で反撃するなどもってのほかだ、と思い直し


「通信兵っ、巡洋艦アヴァーラへ『攻撃をやめねば反撃する』と警告を五回繰り返せ」


 と指示をして「面舵いっぱい、全速離脱」と航海士へ操船を命じる。


 大妖ハデスへの砲撃どころでは無くなった戦艦と巡洋艦の奇妙な追いかけっこが始まった。


――――


「通信兵っ、巡洋艦アヴァーラからの返信まだか?」

 と問いかけるも

「返答なし」と無情な声が返ってくる。


 ドォォォン、ドォォォン、と二発の砲撃が襲いかかってきたとき。

 迷いを捨てることにした。


 攻撃してくる巡洋艦アヴァーラも、同じ釜の飯を食った連中だ。

 派閥もあり喧嘩もしたが“ラの国の無敵艦隊”の誇りだけは忘れることはなかった。その仲間から攻撃を受けている。


 躊躇がなかったわけがない。

 だが私(ザコル艦長)には、この艦にいる千名もの船員たちを守る義務がある。


「巡洋艦アヴァーラは乱心した。繰り返す、巡洋艦アヴァーラは乱心した。これより無力化するために反撃する」

 と伝声管に声を張り上げると、通信兵っと顔を向ける。


「今の内容を旗艦へ」

 とだけ告げて残りの弾薬を頭の中で計算した。


 もはや大妖ハデスに振り分ける分を考えると、二、三発しか残っていない。


「艦を停止。錨を落として船体を固定。砲兵長っ、一撃で仕留めろ」


 と操船を指示しながら砲兵長へ命じた。


「ですが艦長、船足は巡洋艦アヴァーラの方が早くこちらが先に的になります」

 と航海士からの反駁はんばくが入る。


「なに、(相手の砲撃が)全部当たるわけはないさ」

 と航海士へ笑って見せた。

 なにより、と言いかけて言葉を飲み込む。


 砲撃できたとしてもあと二、三発だ。

 おそらくそれくらいで砲弾は底をつく、そう読んだからこその操船だった。


「了解致しました」


 そう告げる航海士は船を止めて投錨し、横っ腹を巡洋艦アヴァーラへ向ける。

 入り江に入っているためか、船揺れは軽微ですぐに全体は安定した。先ほどから照準器を覗き込んでいた砲兵長が砲台へ伝わる伝声管に声を上げる。


「目標、巡洋艦アヴァーラ。距離五百、目視で構わん、砲撃よーい」


 ガリガリと音を立てて方位と仰角を調整した砲台がピタリ止まる。


「撃て」


 と短い号令にドォォォ――ンッと爆裂音が続く。

 砲身からオレンジ色の炎が巡洋艦アヴァーラへ向かって噴き出した。

 放射線状に海面が割れて空振が艦をゆらす。


 ボゥウンッとかたむく巡洋艦アヴァーラが火柱をあげ、黒煙を撒き散らしながらこちらへ横っ腹を見せていく。


 反撃が来るか?


 と見定めているうちに、横っ腹をさらに傾けて転覆し波間に姿を消していった。

 

――――それを見届けたのか。

 大妖ハデスは埠頭の先までゆっくりと移動を始めた。


 ここからはクロウさんの目線です。


「ほほぅ、あと二隻もやるおつもりだの」


 見ると大妖ハデスが、シャルル港に侵入した巡洋艦二隻に四本の腕を振り上げている。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る