第九十一話 ラの国の悪夢2

 巡洋艦アヴァーラから襲撃されたザコル艦長の記憶では。

 

⭐︎ここから“ラの国”のザコル艦長の目線になります⭐︎


「大妖ハデスからの反撃が止みました。黒い霧に包まれておりますが、かなり負傷している模様」


 と、ミリタリーマスト(艦橋の後方にある監視塔)から伝わってきた伝声管の声に、

 

「よーし、さすがの大妖も精魂尽きたか」

 と艦橋は喜びに包まれる。

 

 私(ザコル艦長)は伝声管のフタを開けると声を張り上げた。


「我らの勝利は目前っ。“ラの国”の威容を見せてやろうぞ」


 そうげきを飛ばしたのも、あの状況なら仕方なかったと思う。

 

 なにせ数百発の砲弾を撃ち込んだのだ。どんな堅牢けんろうな構造物でも跡形もなく吹き飛ぶ。

 まして相手は大妖ハデスとはいえ生物なはずだ。とても反撃できる状態であるはずがない。


「さぁ諸君、ときの声を上げろっ。全速前進!」


「「「うぉぉぉぉ――ッ」」」

 

 と、勝利を確信して艦を進めた。

 たが、シャルル港のある入り江に侵入した時だ。


 確かあの時は、旗艦からの指令で巡洋艦の三隻を先行させて近接砲撃を行い、戦艦は後ろから大妖ハデスを仕留める手筈てはずだった。


 巡洋艦アヴァーラが勇敢にもシャルル港に突入し、一発必中の間合いで大妖ハデスに砲撃を仕掛ける。

 

 実を言えば、艦隊の砲弾も底をつきかけている。

 残りの火力を集中させ一撃の威力を増そう――そう決断したのも、そんな事情があったわけで。


『ここが勝負所』


 と誰もが思い前かがりになっていた。

 

 私(ザコル艦長)は胸に下げていた双眼鏡を目に当て、大妖ハデスの最後を見届けてやろうと思った。

 あちこちから黒い瘴気しょうきを吹き出し、ゆっくりと体を揺らすさまは自軍の勝利を確信させるには十分な衰弱よわりっぷりで――苦悶くもんする表情を見てやろうと、視界をその頭部に視界を動かしたとき。


 ニヤリ。

 望遠鏡の先に映る大妖ハデスがわらった気がした。 


 四肢を伸ばし大地に伏せていた大妖ハデスが、いきなり立ち上がると四本の腕を広げ、その腕から無数の血管を飛ばしてきた。


 砲撃は間に合わぬと判断した巡洋艦アヴァーラは、側面にある二十ミリ機銃でそれに対応した。

 パパパパ――ンッと硝煙を吐き出して炸裂する四十門の速射機銃。


 被弾した黒い血管が弾けると、中から黒い瘴気が噴き出す。


「ぬ?! あれは……?」


 双眼鏡から目を離し巡洋艦アヴァーラを見つめる。

 黒い瘴気がもうもうと立ち込め、その船体を包み出していた。


 ミリタリーマストへの伝声管の蓋を開けると

「監視っ、巡洋艦アヴァーラはどうなってる」

 と声を張り上げる。


「……煙突から煙が」


 戸惑った報告に再び双眼鏡を覗き込むと、確かに煙突から煙を噴き出している。それはエンジンが全開で回っているわけで、急挙動で船を動かしている証しだ。


 だが反撃するつもりなら、船体を安定させた方が良いからその選択肢はない。


「なにが起こっている……」


 考えうる選択肢を脳裏に描きながら

「砲兵長、巡洋艦アヴァーラを援護。目標は大妖ハデス、砲撃よーい」

 と指示をしたときだ。


 ドォォォンッと爆裂音がすると、船体が大きくかしいだ。タタラを踏んで双眼鏡を覗き込む。


「なんだ?! 監視塔、なにがあった?!」


 伝声管の蓋を押し上げて返答を待つが、ヒューヒューと風が鳴る音ばかりが帰ってくる。


「監視っ、返答せんか!」


 副官が目視で確認するために艦橋から外へ繋がる非常階段へ飛び出すと、


「艦長っ、マストが吹き飛んでいます」

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