第八十九話 あそこならどうでしょう?

 ドォォォンッと破裂してあちこちに水柱が上がり、大妖ハデスの体の割に小さな赤く光る目が、艦隊をじっと見ていた。

 

 二発目がいく。


 自然、そう思った。

 大妖ハデスの背中の棘はまだいくつもあるし、そしてその赤い目線は、獲物の位置をしっかりと捉えている。


 違うことなくバシュゥッと音がして、背中の甲羅から白煙が上がり、見る見る黒い棘が立ち昇っていく。一つと言わず、二つ三つと背中から立ち上がる白煙は、弧を描いて沖合に見える艦隊に襲いかかって行った。


「ほぇぇ……」


 えらく間の抜けた声が溢れる。

 現世で知識としては持っていたが、それは科学に裏打ちされたものであったし、こんなファンタジーな世界で近代兵器なみのものを見るとは思ってなかった。


「ミサイルだよね」←オレ

「みさいるじゃと?」←クロウさん

炮烙火矢ほうらくひやのデッカいやつさ」←オレ

「物騒じゃの」←クロウさん


 間抜けな会話をしていると沖合の艦隊に向けて飛んでいった棘が到達し、ドォォォン――ッと水柱が上がる。

 今度は艦隊の奥へ着弾したようで、こちらへ向けて回頭を始めた。


「ぬ? どうやら誘導しておるようじゃぞ」


 クロウさんの呟きに目を凝らすと、さっきより艦隊の影が濃くなっている気がする。

 今度は艦隊のほうから黒煙が上がり、ドォォォンッと音が遅れてやってくる。シュルル――ッと空を切る擦過音が迫って、大妖ハデスの周りが吹き飛ばされた。

 黒煙がたちのぼりバラバラと瓦礫が降りかかっている。


 艦隊から続けざまに黒煙が上がり、ドォォォン、ドォォォン、ドォォォ――ンッと砲声が空気を震わせる。

 いくつものシュルル――ッと空を切る擦過音が迫ってくると、あちこちで爆発が起こり黒煙が立ち上った。



 大妖ハデスはと見ると、あちこちから黒いモヤを発生させて、身悶えしている。流石に無傷とはいかなかったようだ。


「ぬ? 小さくなっておらんか?」


 見ると四十メートルくらいに巨大化していた大妖ハデスは、一回り小さくなっている。

 砲撃で損傷した分だけ小さくなる?


 その異常に艦隊のほうも気づいたようだ。

 こちらに回頭してどんどん艦影を濃くしてきた。煙突からはモクモクと黒煙を吐き出して、相当速度を上げている。

 近くから撃てば外れる砲弾も少なくなる。どうやら接近して砲撃の精度を上げ、一気に畳み掛けるつもりらしい。


「ぬぅ、このままやられても困るがの」


 流れ弾に当たるとシャレにならないので、後退しながら戦況を確認できそうな、かつ堅牢な高い建物を探す。


「どこか……どこかないかの?」


 近衛兵に関所へ誘導してもらいながら、キョロキョロあたりを見回していると、意外なことにシズ姫が手を挙げた。

 

「あそこならどうでしょう?」


 見ると関所の奥に三階だての建物ほどの監視塔がある。

 関所を抜ける時には背を向けていたから気づかなかったが、逆方向に戻ってくるとはっきりと目についた。

 

「あそこに登ればきっと」

 とシズ姫が胸の前に手を合わせ、指を絡めて見上げている。

 

「ああ、あれは関所破りを監視するための――」

 と、近衛兵が教えてくれた。

 

 この関所は通行税の徴収だけでなく、密輸入や犯罪者が海路で逃亡しないように、遠くまで見通せるよう監視塔が設けられているのだそうだ。


「お手柄じゃ、シズ姫どの」

 とクロウさん。


「はい」

 とシズ姫が微笑むと、視界の奥の太郎さんの目がキツくなった気がしたんだけど。

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