第八十八話 艦隊VS大妖ハデス

『ヴォォ……』


 下腹を揺さぶるような低音の、不吉な咆哮が風伝かぜづたいに流れてきた。


「どうやら大妖ハデスもこちらに着いたようじゃの」


 とクロウさんは目を細めた。


――――シャルル港へ。

 

 そこが決戦の地になると読んだクロウさん一行が、そちらへ続く街道を急ぎ足で向かっていると、

 

『ヴォォ…ヴォォ……』


 と、途切れ途切れに聞こえていた。

 大妖ハデスの咆哮が、いよいよ目的地が近いことを告げている。


「始まりそうですな」


 と七郎さんが咆哮が流れてきた方角を見た時、その反対側の海からドォォォンッと砲声が響いた。

 それが“ラの国”の引きつれた艦隊が放つ艦砲射撃であることは、たやすくうかがい知れる話なわけで。


「ヴォォォ――――ッ」


 という咆哮とドォォォン、ドォォォ――ンという砲声が、交互に交錯する中をオレたちは駆け出していた。


――――港町に近づくほどに。

 白い板塀で囲まれた人家が増えていき、シャルル港へ出入りする関所だったであろう建物と、見事に打ち壊された門が見えてくると風に塩っ気と硝煙しょうえんの鉄っぽい匂いを感じる。


 馬車がすれ違えるほどの道を、覆うように建てられた建物の両脇には人のいなくなった検問のカウンターがあり、その奥にある事務所は雨戸が閉められていた。

 その閉じられた人工のトンネルに、ドォォォン、ドォォォ――ンッと空気を震わす砲声と『ヴォォォ――ッ』と大妖ハデスの咆哮が反響する。


 L字型に曲がった街道を抜けると、焼け野原になったシャルル港の港町が広がる。黒い地面と灰色の瓦礫の上に焼け残った石塀。


 あちこちでチョロチョロと火の手が上がり、ヒュウンと風切り音がするとドォォォンッと黒煙があがる。

 それがのべつなく繰り返されて、地響きに揺さぶられた瓦礫がパラパラ落ちて来た。


「ぬぅ、これ以上は危険じゃ。少し下がって線局を見極めるしかあるまい」


 おい戻れ、と先行していた近衛兵を手招きする。


「大妖ハデスはどこじゃ?」


 煙で覆われている山手をみると、砲撃による黒煙とはまた違う黒いモヤのような塊を見つけた。

 あれは大妖ハデスが負傷した時に、体から噴き出す瘴気だ。それは大妖ハデスの傷を修復し、より強力な攻撃を繰り出す前の狼煙なわけで。


「ヴォォォ、ヴォォォォォォ――ッ!」


 耳を覆わんばかりの咆哮が空気をビンッと揺らした。

 黒いモヤの中から四本の腕を広げ、大妖ハデスが踊り出してきた。

 身長は四十メートルを超している。


「ヴォォォ――ッ」


 ひと吠えすると四本の腕を地面に突き刺し、背を丸めた。その背には黒光りする甲羅がある。

 その甲羅にある棘のピースが持ち上がり、オレンジ色の炎を吐き出した。バォォ――ッと白煙とともに打ち上げられたそれは、火を吹きながら海へ向かって飛んでいく。


「ぬぅ?!」


 オレはこの光景を現世で見たことがある。

 それこそ映画や、アニメや、演習を伝えるニュースの中でだけど。


 後退しようと戻りかけた道を逆走して、海の見えるあたりまで駆けた。

 空に舞い上がった火を吹くソレは、弓形に空をかけると海上のはるか向こうに黒く浮かび上がる艦隊へめがけて飛んで行った。


 ドォォォンッと破裂してあちこちに水柱が上がる。

 直撃はまぬがれたようだが、艦隊のほうはえらく慌てて煙突から黒い煙を吐き出すと回頭を始めた。


 目を移すと、大妖ハデスの体の割に小さな赤く光る目が、艦隊をじっと見ていた。

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