第八十七話 シャルル港へ

「地下道を通って川に抜け、川伝いにシャルル港へ抜けよう。そこが決戦の場となる」

 と持ちかけた。

 

――地下道を抜けると。


 風の中に水の匂いがする。

 

 乙姫たちが脱出に使った経路であり、ポールさんが斃れたところでもある。

 何やら因縁めいた心地がフラグっぽい気して、無言で踏み固められた人道を進んでいくと、程なく水車小屋が。


 そこに伝令と近衛兵が待機していた。

 ワルレー軍卿の指示で、いざとなったらここから脱出できるように手配していたらしい。

 

「さて、ここからは貴様らの働きに期待しておく。小隊を護衛につけてやる。過つなよ」


 カトー大佐が八の字の眉の下の冷酷な目を細めて、さっさと行けとばかりに顎をしゃくる。

 ワルレー軍卿は近衛兵たちから川からの侵攻をしていた“ラの国”が『潮を引いたように退却して行った』と報告を受けると、こちらへ向き直る。


「どうやらヤツらも川伝いにシャルル港へ向かったようだ。かなり慌てていたらしい」


 今なら敵もあざむけるだろう、と“ラの国”の軍服を差し出した。


「模造品だが無いよりマシだ。これに着替えていけ」


 と上目遣いにニヤリと笑う。


「武運を祈る――貴様らに我らの首がかかっているからな」と悪たれると、『早く行け』と手をヒラヒラとさせた。

 

 ここでワルレー軍卿たちとはいったんお別れだ。

 先行してクロウさんと七郎さんがシズ姫と太郎さん、護衛の小隊を連れて、川船でシャルル港まで渡る。


 ――シャルル港が近づいてくると。

 川幅が五百メートルほどに開ける。満潮になると潮流が川をさかのぼり、水位はぐんっと上がる。

 それだから川の両岸は石堤で整備されていて、ところどころに船着場が設けられていた。


 小隊が先に降り立ち安全を確認すると、手招きで船着場に誘導する。


「よっと」

 と桟橋に飛び移ると「シズ姫も来よ」と手を差し出す。

 それを自然に握って飛び移るシズ姫を見て、太郎さんは複雑な顔をしていた。


 七郎さんはおかしそうに横目で見ると

「心配召されるな。若はああ見えて、誰かれ手を出す――」

 痴者しれものではない、と言いかけてそうでもなかったかと思い直し、ゴニョゴニョと口を閉じる。

 

「そう願いたいものですな」


 とグッと拳を握る太郎さん。

 空間に同調が始まったのか、拳の周りにパチパチと火花が放たれていた。


 ――――その桟橋に船をつけたのは、普段ならチラホラと人通りもあり、戦時下ならば敵の警備兵がいそうなものの、不思議にまるっきり人の気配がなかったからだ。


「さて、まずはこの状況を探らねばならんの。どこまで大妖ハデスが来ており、“ラの国”の者どもがどこにいるかじゃが……」


 とあたりを見回す。


 船着場の奥にはシャルル港へ向かう道を挟んで、荷揚げした物資をいったん保管する石倉が立ち並んでいる。

 かねてなら荷揚げした品物をその石倉へ運ぶ人夫や、石倉へ引きとり手が符合せし馬車に積み込む者たちで、たいそうな賑わいを見せていそうなものだが、閑散として人っ子一人いない。


 シリル川が石堤に打ち寄せる水の音と、川風に揺られザワザワとさざめく街路樹の音と、その枝の間を吹き抜けるヒョウという音ばかりだ。


 ゴーストタウンってこんな感じだろうな、とそろそろ不気味に感じ始めたころ。

 石倉の奥に見える森がザァ――ッと鳴いた。


『ヴォォォ――ッ』


 下腹を揺さぶるような低音の、不吉な咆哮が風伝いに流れてくる。


「どうやら大妖ハデスもこちらに着いたようじゃの」


 とクロウさんは目を細めた。

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