第八十六話 追撃の裏側

「まずいの……」

 クロウさんの呟きが風に溶けて消えた。

 

 憎悪を喰らい強大になっていく大妖ハデス。

 “ラの国”に対抗するために覚醒させたは良いが、果たして封じることができるのだろうか?


 想像以上に脅威を撒き散らす大妖ハデスに不安になった。それが伝播したのか七郎さんが、

 

「若、あまりにアレは……」


 戦慄わなないて眉をひそめている。


「心配致すな。なんとかする」

 と胸を張ってみせる。


「それよりも七郎、アレはどこに向かっていると思う?」

 地響きを立てて遠ざかっていく大妖ハデスを指差した。


「おそらくは、餌となる魂を追うかと。奴らが逃げる先は上陸してきたところ「シャルル港か?」……でしょうな」


 うむ、と頷いたクロウさん。


「もはや“ラの国”の者どもはここでは戦えまい――ならば決戦はシャルル港じゃ。決死の戦いになるぞ」


 覚悟は良いか? と七郎さんを見やる。

 

「それでこそ若ですぞ――いざとなれば黄泉の国までお供をいたしましょう。責を問われるなら拙者もとも腹を切りますゆえ、存分に」

 

 と七郎さん。

 眼尻に皺を寄せてにっこり微笑んでいる。

 身長二メートル弱、体重百キロを超す巨漢からそう言われると、カチコミをかける特殊な職業の人にしか思えないけど。

 この人、全身全霊でクロウさんを支えるつもりだ。

 

「鬼くずれだの、狂人だの言われて育った拙者が、やっと存分にこの命を振るえる主に巡り合ったのです。最後までお供しますぞ」


 と視線を大妖ハデスに向けていいやがる。

 言われたクロウさんは、なんだかむず痒そうな顔をしていたが男の覚悟を聞いたのだ。真面目な顔になって胸を張り、


「うむ。助けてたも」


 と偉そうに頷くと、さぁ戻らねばと城壁から飛び降りた。


――――王家の廟へ戻ると。


 かくかくしがじかと見てきた事を語り、

「地下道を通って川に抜け、川伝いにシャルル港へ抜けよう。そこが決戦の場となる」

 と持ちかけた。


 ワルレー軍卿はしばらく難しい顔をしていたが、

「シャルル港へ向かうのは構わぬが、そこへ兵を向かわせたとしても、我らも大妖ハデスに喰らわれるだけではないのか?」

 と当然の疑問を投げかけてきた。


「むぅ、決戦まで大妖ハデスにさせてはならんのじゃ。“アの国”の軍が『大妖ハデスを使って撃退した』とせねば、“ラの国”は再び大妖ハデスを封じる手段を講じて来る」

 つまり『“アの国”自体が脅威』と思ってもらわねば、次もくると言いたいみたいだ。


「ゆえに大妖ハデスはシズ姫と太郎殿、ワシと七郎で封じるゆえに、頃合いを見定めて“ラの国”を撃退して欲しいのじゃ」


 と説くクロウさんを

「貴様にあの化け物を封じることができるのか?」

 とワルレー軍卿は呆れた顔で聞き返す。


「できいでか! と言いたいところじゃが、できなければこの国はしまいじゃよ」


 とヌケヌケと開き直った。


 ワルレー軍卿は深くため息を吐くと

「小僧、いずれその才覚に溺れ他人が愚かに見えることになろう。それが命取りとなる、とだけ言っておく。今は貴様の言う通りにしてやる」

 と不承不承に頷いた。


 そうなんだよなぁ。

 手柄を無邪気に独り占めするような言動も、その末路もワルレー軍卿の予言通りなんだよね。


 クロウさんは怪訝な顔をしていたが、オレの思考を読んだのか


「ご忠告、胸に刻むにの」と曖昧に笑った。

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