第八十五話 思った以上に💥

「七郎も手伝え、大妖ハデスがどこへ向かったか見定めるのじゃ」


 ついて参れ、そう言って竜宮城を囲っている城壁を指差すと駆け出した。城壁にたどり着くと「七郎っ、早う」と手招きする。

 見上げる城壁はおよそ三メートル弱で、現代のちょっと高い天井くらいの高さだ。


 クロウさんはこの時代の少年にありがちな百五十センチくらいの上背だから、身の丈の倍ほどにもなる。


「七郎っ、肩を貸してたも」


 と言うと「壁に手をつけ」とパンパンと両手で壁に手をつく動作をやって見せ、「早う、早う」と手招きした。

 言われた通り七郎さんが壁に手をつくと、少し助走して肩に踊り上がった。

 そのまま肩を踏み台にすると「それっ」と飛び上がり、城壁の端に手をかける。


 片手で城壁の端に手をかけると反動を使って両手で。あとは懸垂の要領で引き上げながら肘をかけ足をかけて、城壁の上へと体を引き上げた。


「さ、七郎も」


 と差し出す手を、助走をつけて飛び上がった七郎さんが掴むと、波動を発揮したのか異常な膂力りょりょくを発揮して城壁の上の人となった。

 城壁の向こうに竜宮城の街並みが見える。

 大妖ハデスがばら撒いた瘴気でけぶった街のあちこちで同士討ちが起こり、火災も発生していた。


 異様なのは、街のあちこちから黒い人魂のようなものが浮かび上がっては、大妖ハデスの口の中に吸い込まれてくことだ。

 その度に少し大きくなっている気がする。


「ぬぅ、思った以上に凄まじいの」

 

「まさしく。蠱毒こどくの呪法のごとく、互いに争わせ勝ち残った魂を喰らって成長するとは――大妖とはよく言ったもんでござる」


「それを利用する我らも大概だがの。じゃが侵略者あやつらに内道(仏教の教え)を解いても、帰ってくれるはずもないわい。引いた方が得になる、と思わせねばならぬ」


 見ると大妖ハデスは城壁を壊し、そこから王都の外に布陣している“ラの国”の軍勢にズシンズシンッと歩を進めていく。

 明らかに敵は動揺していた。

 ここから見れば、アリの大群が右往左往しているように見える。


 やがてそのアリの軍勢から煙が上がり、少し遅れてドォォォンッ、ドォォォンッと砲声が響いた。

 それが大妖ハデスに命中すると、当たった箇所から黒い瘴気が吹き出しまとわりついていく。


「ヴォォォォォォ――ッ」


 山を揺るがす咆哮を上げると、四本の腕を広げ地面に突き刺した。たちまちその四本の腕から黒い血管が地を這って伸びていき、軍勢に襲いかかっていく。


 わあわあっと風に流されて“ラの国”の怒号がこちらまで流れてくる。

 血管から黒い瘴気が吹き出すと、横陣に広がる“ラの国”の軍勢は大きく乱れた。

 味方が味方を襲っている。


 大妖ハデスの放つ瘴気にやられて、同士討ちをはじめたようだ。

 やがて瘴気に包まれた者からおかしくなっていくのに気付いたのか、さんを乱して逃げはじめた。

 

 それを後ろから射撃しながら追いかける黒い者たち。それを追い立てるように大妖ハデスが歩を早める。

 二キロも離れているこちらまでパンパァァァンッと銃声が響き「うわ……ぁぁぁ……」と交戦する兵たちの叫声が聞こえた。


 やがて叫声も消えていき大妖ハデスが、そのあとから沸き立った黒いケシ粒のような人魂を吸い込むと、ただでさえ大木を見下ろすほどの巨体が、さらに大きくなっている気がする。


「まずいの……」

 クロウさんの呟きは風に溶けて消えた。

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