第八十三話 ラの国の受難2💣

 シュタタタタ――ンッと機銃音が響き、天幕が弾け飛んだ。


「「な……?!」」


 味方から撃ち込まれた銃弾に、しかも本部への攻撃に衝撃を受けて呆然としてのろのろと立ち上がるが、そこへ飛行籠トンボが大きく弧を描いてこちらに向かってくる。


 これは惑乱わくらんして敵味方がわからなくなっている。

 そう判断したギリス・カーン提督は、ニジャール皇女の安全を最優先させることにした。


「射撃兵っ、あの飛行籠トンボは惑乱している! 操縦席を撃って目を覚ましてやれっ。私は陛下にご避難いただく」


 そう言い残すとニジャール皇女へ向き直り

「私が囮となって駆けますほどに、陛下は西の水路にいる中隊へ避難ください」

 

 そう言い残して駆け出そうとする。

 このあたりは街道の途中で、侵入してきた山を抜けて里すらない位置にまで進軍し布陣していた。

 のどかな田園が広がり、ところどころ雑木が生えているくらいで見通しの良い畑道と、土嚢で埋め立てた畑に軍を展開している。


 つまり襲撃から隠れる遮蔽物ものがない。

 混乱している今、自らをおとりにして、襲撃者の目を逸らすしかない――そう判断したのだが。


「馬鹿ものっ、そんなことは兵を指揮してやらせよ。大将が雑兵ぞうひょう働きなどしてどうする。貴様がここでたおれて、誰が後を見る?」

 とニジャール皇女の叱責が飛ぶ。

 

 ハッとして言われてみれば……と思うほどに混乱していた。我に帰ってあたりを見回す。

 全く若造の判断ではあるまいし……と自らの判断を苦笑いしつつも、ギリス提督は声を張り上げた。


「中隊長はおるか?! 人垣を作れっ、ニジャール陛下の盾となるのだ。手が空いた者は早う撃てっ」


 その号令にパンパンッと銃声があがり、あたりは硝煙の煙で満たされた。シュタタタ――ンッと着弾痕が畑道を捲りあげその射線上にいた不幸な兵士が吹き飛ぶ。


 ギリス提督が飛び退いた頭上を飛行籠トンボは通過していく。


 なぜ惑乱した?


 彼らの行動は死罪に当たるだけではない。利敵行為を最前線で犯したのだ。“ラの国”の軍法において一族郎党に至るまで連座されるほどの重罪だ。


 なのになぜ――?


 と見上げる空に飛行籠トンボが再び旋回して襲い掛かろうとしている。

 幸いにも肉壁人の盾は出来上がり、ニジャール皇女の周りには金属製の盾を並べるバリケードまで完成していた。


 その間から銃口が隙間なく飛び出ている。

 そのうちの幾人かが狙撃兵で、膝立ちの姿勢で飛行籠トンボのパイロットをターゲットスコープに収めていた。それをかばうように盾兵が陣形を形作っている。


「何をしておる?! ギリス提督っ、早うこぬかっ」

 ニジャール皇女の甲高い声に弾かれるように盾兵の作る障壁に駆け込んだ。


 ブィィィィィンッと再び迫って来るエンジン音と、タンタンタンッと無機質な音を立てて迫って来る着弾痕。


 タァ――ンッと一発の銃声が響くと、飛行籠トンボが左に逸れていく。それは糸が切れた凧のようにこちらに腹を見せて、背面にひっくり返ると地面をえぐりながら墜落した。


 ゴロゴロと転がり、その下にいた兵の悲鳴と羽根がちぎれ転がる殺人兵器となったそれは、燃料に引火したのかドォォォンッと爆発した。


「消火ぁぁぁッ」

「消火して裏切り者を引きずり出せっ」


 憎しみに満ちた声が上がる。


 もしや――もしやコレが大妖ハデスのせいだとすれば?

 そう直感して振り返る王都エテルネルから巨大な影が湧き出していた。


 憎悪を喰らって巨大化していくバケモノが、こちらへ向かって来るのが見えた。

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