第八十二話 ラの国の受難

「あり得ない……こんな兵器などあり得ない」


 戦慄きながら双眼鏡を手に取って覗き込む。


「なんなんだアレは?!」


 飛行籠トンボの空爆は失敗ーーーそれは彼の奥の手が破られたことを意味する。

 つぎにギリス・カーン提督がとりえる手段としては。


「ニジャール閣下、ここにいては危険です。至急、を」


 と深々と腰を折ることだけだった。

 

 彼女を死なしてしまっては『皇族を巻き込んで敗れた不忠の輩』となってしまう。

 なおとしたのは、プライドの高いニジャール皇女に後退の名目を準備してやったつもりだ。


 それでもこの皇女ならば「後退は許さん」などと言い出しかねないが。


 ニジャール皇女は柳眉をひそめて、あきれたようにギリス・カーン提督を見返す。

 

「その前にこの場の説明をせよ、何が、どう危険なのじゃ? そしてどう挽回するつもりか?」


 戦況の変化を理解できないらしい。

 いや、信じたくはないのだろう――もしくは敗戦となった時の責任をなすりつける材料が欲しいのか?


 しばらく逡巡したのち覚悟を決めた。

 このままいけば『皇族を巻き込んで敗れた不忠のやから』となってしまい、残された一族へも不名誉な汚名を着せてしまう。


「大妖ハデスの殲滅に失敗致しました。敵は我らの想像を上回り、強大な力を有しているようです――」

 と話し始めた時、前線の飛行籠トンボからの入電が入る。


『大妖ハデスは損傷なしノーダメージ。至急、離脱の許可されたし』


『敵は第二形態セカンドに変化した。至急、離脱の許可されたし』


第二形態セカンドだと……? つまり進化している、と言うことか?


「大妖ハデスが想定以上の脅威に変化した、ということです。王都へ送り出した兵はもう絶望的でしょう。虎の子の飛行籠トンボもほぼ全滅」

 しかるに――と口籠もる。


「我が軍の三割は戦闘不能になり、軍の規定の撤退ラインに入ったほどに危険度が高まった、ということです。言わずもがなこの全責任は私にあります」

 ここまで早口に述べると、最悪の事態だけは避けようと説得を試みる。


「ゆえに私はここに残り、大妖ハデスの追撃を食い止めましょう。ニジャール皇女におかれましては――「ならん」……?!」


 ギリス提督は、最後の試みすらさえぎられてポカンと口を半開きにする。


「ならん、殿しんがりは他の者に任せよ。まだやりようはあるゆえに、私に随行するように。撤退に入るぞ、指示を出せ」

 そう言うとクルリと身を翻し「侍女たちも早う準備いたせ」と指示すると豪奢な椅子に腰を落ち着けた。


――――と幾許いくばくもしないうちに。


 ブィィィィィ――ンと空気を震わす音がする。

「何事か?」

 とギリス提督が天幕の外へ様子を見に出てみると、接近してくる飛行籠トンボの姿が。


「おお、あの激戦から生き延びた機があったか……さすがは“ラの国”の精悍なる強者つわもの


 飛行籠トンボ一機で二百の兵が賄える、と揶揄されるくらいの高額兵器だ。一機とはいえ、無事な姿が確認できたのは数少ない朗報である――と胸を撫で下ろす思いだった。


 だが様子がおかしい。

 儀礼飛行なら、左右の翼を振るロックウイングという『挨拶』をするものだが、まっすぐにこちらに突っ込んでくる。


「陛下――っ」


 天幕を掻き分けニジャールを描き抱くと、天幕の外へ転げ出した。


 シュタタタタ――ンッと機銃音が響き、天幕が弾け飛んだ。


「「な……?!」」


 ポカンと見上げる飛行籠トンボが大きく弧を描いてこちらに向かってくる。

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