第八十一話 なんなんだアレは?!

 先ほどまで報告されていた大妖ハデスより、二倍は大きくなっている。

 その背に亀の甲羅のような鋼板が見てとられ、それからひっきりなしに赤黒い火の玉を打ち上げていた。


 進化しやがった――――冷や汗が頬を伝う。


「本部へ報告っ、大妖ハデスは損傷なしノーダメージ。至急、離脱の許可されたし」


 クレーターから黒い蒸気を全身に纏って、立ち上がる巨大なバケモノ。

 そのバケモノがこちらと目が合った気がした。

 


「敵は第二形態セカンドに変化した。繰り返す、敵は第二形態セカンドに変化した。至急、離脱の許可されたし」


 副パイロットの連呼する本部への報告を聞きながら、回避行動のために機種を再び上げスロットルレバーを引き下げる。


「くそっ、聞いてねぇぞ。あんなバケモノがいてたまるかっ」


 ブィィィィィ――ンッと唸るエンジン音と、急加速にガタピシと歪む機体の振動。

 大佐ハデスを避けて大きく西へ離脱しながら、上空めがけて機体を駈っていく。


 その時だ。

 目の前に広がっていたはずの城壁の向こうの風景が。高い樹木の向こうに滔々とうとうと流れるシリル川の水面のきらめきと、その流域に広がる緑の大地と、それを区切るように伸びる街道が。

 真っ黒な墨をぶちまけたように見えなくなった。


『なんだ……異常警報エマージェンシーは鳴ってないぞ。急制動で意識喪失ブラックアウトしたか?』

 

 と思った時だ。


『敵ハ、アソコダ。敵ハ、アソコダ――』


 と絶対者の声がする。


『オマエノ、憎ム敵ハ、アソコダ』


 その声に支配されて、モヤがかかった程度に回復した視界をゆるゆると動かすと、王都エテルネルの先に何やら布陣している軍隊が見えた。

 

『おのれ、蛮族どもが、まだ我らに敵対するか? 思い知らせてやる』


「機長っ、何をしている?! 機長っ」

 と副パイロットが喚いているが、何を言っているか理解できない。

 その副パイロットもどんよりとした口調に変わり

 

「敵影をとらえました。前方二キロ先……」

 とブツブツ呟いている。

「目標……“ラの国”の本営……」

 と言いながら、二十ミリ機関砲への銃弾をセットした。


―――――その頃の“ラの国”の本部では。


 双眼鏡を覗いていたギリス・カーン提督が、歯をカチカチと鳴らしていた。

 その♾️の形に切り取られた映像に、一時は勝利を確信したものの爆炎が上がったあとから、次々と打ち上がる正体不明の火球たち。


「なんだあれは?」


 最初はその程度の認識だった。

 上空三千メートルから急降下し、爆撃を繰り返す飛行籠トンボに当たるはずもなく、上空に舞い上がっては不可思議な爆発を繰り返す。


 だがその軌道を追ううちにその火球が分裂し、さらに上空へ駆け上る様を目撃した時、驚きに目を見開いた。


 今で言うところのロケットの三段噴射と同じで、一段目がその土台となり二段目を打ち上げる。

 さらに三段目に移行した時に、届くはずのない火球が届いてしまい破裂していく。

 

 アレは届く、届いてしまう――“アの国”にはあり得ないはずの高高度からの刺客へあれは届いてしまう――と確信してしまった。


「なんだあれは?!」


 本部の天幕を飛び出して上空を見上げると、空一面に黒い爆煙が広がっていく。それが破裂するたびに飛行籠トンボが火吹いて堕ちていくではないか。


「あり得ない……こんな兵器などあり得ない」


 戦慄きながら双眼鏡を手に取って覗き込む。


「なんなんだアレは?!」

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