第八十話 どうだ、やったか?

 ドォォォンッと爆音が空を振るわせ、眼下に紅蓮の炎が立ち昇った。次々と襲いかかる飛行籠トンボたちが投下する爆撃で、いくつものキノコ雲が持ち上がってくる。

 

 ――引き継ぎ飛行籠トンボのパイロット目線です――


「やったか?」

「爆炎が邪魔をして確認できません」


 パイロットの問いかけに副パイロットは短く答えた。


「高度を上げて観察する」

「了解」


 短いやり取りが終わると、飛行籠トンボは機首を斜めにあげて上空三千メートルまで上昇を開始した。

 

 高度三千メートル。ここが大妖ハデスからの攻撃に対応し得る限界高度だ。

 気温は高度が百メートル上がるごとに、0.6度下がっていく。

 この季節の平地が二十八度。

 三千メートルになると、それから十八度下がるから機内外の気温は二度にまで下がる。ほぼ冷蔵庫と言っていい。


 高高度爆撃の指令を受けた時点で、防寒着を準備していたから良かったものの、それでも首筋から差し込んでくる冷気にブルッと身を震わせた。


「どうだ?」

 パイロットからの問いかけに、副パイロットが爆撃照準器を覗きこみながら

「敵影は見えません。宮殿も吹き飛んでいます。竜宮城が燃えて視界は不明瞭ですが、あれだけの爆弾を喰らったのです。殲滅できたかと」

 と答える。


「よしっ」

 我らの勝利だ――と宣言しようとした時、機体がグラリと揺れた。


「な?!」


 機体が制御を失い、今まで見下ろしていた地面が上へ下へとグルグル回る。


「なぁ?!」


 異常事態を知らせる警報エマージェンシーが鳴り響く中で。


 機体を制御しようと足元にあるラダー(姿勢制御ペダル)を必死に操作し、右手でトンボの羽にあたる複葉のフラップを引き出すと、左手のスロットルレバーを引き下げてエンジンの出力を最大にあげる。


 ブォォォ――ンッと回転の上がるエンジン音と、操縦席に背を押し付けられる加速感。

 やっと揚力をとりもどしたのか、機体の錐揉きりもみは止まり姿勢が安定した。

 くるくると回って堕ちていくさまを示していた高度計が、針の回転を止めると高度二百メートルを示している。


 ふぅとパイロットが一息入れると、

「何が起こった?」

 と上下左右を見回す。

 飛行位置は竜宮城を過ぎ、王都エテルネルの北端の城壁を通過したあたりだ。


 左に大きく旋回し王宮を視界にとらえると、

「なぁ?!」

 とその光景に目を疑う。

 大妖ハデスがいたあたりに大穴が空き、その大穴からいく筋もの赤黒い飛行機雲が打ち上がり、それが雲をつかんばかりに打ち上がっては破裂している。


 その破裂がはるか上空にいる飛行籠トンボの編隊に届くと、高高度の大気をかき乱し友軍機を撃ち落としている。


 先ほどの飛行の異常が、それが原因なのは分かりきっている。

 だが“アの国”にあれほどの高射砲が存在しないのは、本部からの報告で周知されていた。

 だから今回の高高度爆撃は楽勝だったはずだ。


 だが次に見た彼の光景は。

 クレーターから黒い蒸気を全身に纏って、立ち上がる巨大なバケモノ。

 そのバケモノが背を丸めると、甲羅のように変化した背中からいく筋もの爆炎が立ち上がり、上空へ駆け登っていく。


第二形態セカンドに変化しやがった……」


 そうとしか思えない異様な有り様。

 先ほどまで報告されていた大妖ハデスより、二倍は大きくなっている。

 その背に亀の甲羅のような鋼板が見てとられ、それからひっきりなしに赤黒い火の玉を打ち上げていた。


 進化しやがった――――冷や汗が頬を伝う。


「本部へ報告っ、大妖ハデスは損傷なしノーダメージ。至急、離脱の許可されたし」

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