第七十九話 紅蓮の炎

「ヴォォォ――ッ」


 と咆哮が響き渡ると四方に飛び出した血管から、赤黒いものが放射線状に一斉に放たれた。


 クロウさんから見れば、綿菓子から赤黒い蜘蛛の巣が広がっていくかのようで、それがパンパンッと爆音を空に繰り広げていく。

 それに触れた機体はたちまち制御を失い堕ちていった。


「なんと……かすみ網を投げるとはの」


 かすみ網とは細いテグスで編まれた網で、それを木の間に渡して野鳥を追い込んで捕える罠だ。

 目の前で繰り広げられた惨劇は、まさにこのカスミ網を空中に放ったようで。

 まさか空撃にそれを使うとは思わなかった。

 そしてそこまでの知能があるとも。


 拡散していく赤黒いそれは、空に散らばる飛行籠トンボを駆逐していく。


「おっほぉ……これは凄いの」


 目の前に広がる青空一面に広がる黒い蜘蛛の巣、とでも言おうか。その糸に触れた飛行籠トンボたちは煙を吐きながら堕ちていく。


「ヴォォォ――ッ」


 まるで、どうだ? と言わんばかりに大妖ハデスは四本の腕を広げ咆哮した。そしてあたりをゆっくりと睥睨する。


「ぬ?! まずいぞ。シズ姫、今のうちに」

「はい」


 互いに手をとって、宮殿のかたわらにある王族が祀まつられているびょうへ逃げ込んだ。


――――その頃、ラの国のサイド。


「な……?!」


 双眼鏡から目を離したニジャール皇女が戦慄していた。


「なんじゃ。あれは……あれはなんじゃ?!」


 飛行籠トンボは最大速度二百キロ、高度三千メートルまで飛行できる。人間なら目視するのも困難な高度から攻撃できるように作られていた。


 通常の戦場ならば、飛行籠トンボを投入するだけであらかたカタはついていた。その驕りからか、今回大妖ハデスの復活を想定していたとはいえ、いつもの通り早々にカタはつくと思っていた。


いにしえの古代兵器とはここまで――」

 とギリス・カーン提督も言葉を失っている。


 このままでは敗れてしまう――そう言っているかに思えニジャール皇女は不機嫌になる。


「何をしておる? 次の手を早く打たぬか。貴様の想定の三倍の軍容を用意してやったのだ。ここまで手回しした私に恥をかかすな」


 と射殺すように睨みつけた。


「すでに手は打ってあります。我ら軍人は『最終的に勝つこと』を諦めませんからな」

 双眼鏡から目を離すと、ギリス・カーン提督は口をへの字に曲げた。


 通信兵に向き直ると「第二波は?」と確認すると

「もう上空へ差し掛かると連絡がありました」

 と頷いている。


「旧時代の妖怪を焼き尽くしてやれ」

 と告げると再び双眼鏡に目を当てた。


――――竜宮城の三千メートル上空に。

 ここから飛行籠トンボのパイロット目線です。


 飛行籠トンボが三十機の大編隊で飛行していた。

 これ以上の高度は空気が薄くなり、現代であれば与圧胴体という構造で気圧を調整するが、それのない飛行籠トンボでは限界高度だ。


 つまり先ほどの第一陣の爆撃部隊が全滅した高度を、避けて攻撃するように反映されている。


 そのあだ名通り、トンボに似た機体の複眼のようなコクピットから、操縦士は眼下を見下ろし竜宮城の上空に差し掛かった報告をあげた。


「降下爆撃に入る」

「了解」


 短い呼応を済ますと、次々と大妖ハデスめがけて降下していく。


 爆撃照準器を覗き込んでいた副パイロットが、ゆっくりと爆弾の投下レバーを引き上げると、機内にカコンッとマヌケな音が機内に響き、ヒュフルル――ッと甲高い音を立てて爆弾が投下されていった。


 ドォォォンッと爆音が空を振るわせ、眼下に紅蓮の炎が立ち昇った。

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