第七十八話 大妖ハデスとの攻防

「うわぁぁぁぁ――っ」


 うん、落ちネタはもう慣れたよ。

 

 見る見る迫る地面にクロウさん。


「波動……雲蒸うんじょうッ」


 と唱えると、ブワッと地面から上昇気流が立ち上がる。


「ぬぁぁぁ――ッ」


 着ているもの全てが捲れ上がって、すごい格好になりながら着地した。それでも空中でバランスを崩さないところが、この人の凄いところだと思う。

 思うんだけど。


 凄い痺れが電気のように足から這い上がってきて動けない。痛いのを通り越して痺れている。


「……ぬぬっ」


 と涙目になって耐えるクロウさん。足を引っこ抜くように前進をはじめる。


「シズ姫……大丈夫かの?」


 プルプル震えながらたずねると、

「ちょっと待って」

 と腕の中から地滑り降りて、クロウさんの足へ手を当てる。


「波動……癒温イオン

 

 手のひらからポカポカと暖かい波動が流れ込み、足の痺れが引いていった。


「うむ、シズ姫助かったのじゃ。さぁ参ろう」

 と手を引いて走り出す。


 ヒュルルル――ッと甲高い笛を吹き鳴らすような音が聞こえ、空を見上げた。

 飛行籠トンボが足にぶら下げていた爆弾を投下したのが見えた。


「いかんっ、シズ姫」

 肩を抱えて王宮の巨大な屋根を支える太い柱の影に駆け込みうずくまる。


「目と耳を塞ぐのじゃ」

 そう言って上から覆い被さると、自らも頭を抱えてぎゅっと目を閉じた。


 ドォォォンッと地響きが鳴り爆風が襲いかかる。

 風に煽られて転げそうになるのを、膝をついてなんとかこらえた。


「これはいかぬ。もそっと先へ……」


 とシズ姫の肩を抱いて二、三歩進んだところで、またヒュルルル――ッと甲高い笛を吹き鳴らすような音が。

 それも今度は二発、三発と立て続けだ。


 またもシズ姫の肩をかき抱くと、さっきの大きな柱の元へかけ戻り身を伏せる。

 ドォォォンッ、ドォンッ、ドォォォ――ンッと地が震え、爆風が襲いかかってきた。


 王宮の建物がミシミシと軋しみ、ガラガラと瓦が落ちて石畳に跳ねる。


「シズ姫、大丈夫かの?」

「はい。クロウさまもお怪我は?」

「だ、大丈夫じゃ」


 この状況でパニックになってもおかしくはないのに、気遣いさえ見せる気丈さに胸が熱くなって、そっぽを向く。


 と、ドドンッと続けざまに爆音が響き『ヴォォォ――ッ』と咆哮が響き渡る。

 

 見ると大妖ハデスに爆弾が直撃していた。

 皮膚が捲れ上がり黒い煙と体液が吹き出し、それが霧に変わって体を覆っていった。


 その向こうの空を見れば、飛行籠トンボがその成果を見極めるためか爆撃がおさまり、上空を旋回している。


「ぬぅ……今のうちじゃ。地下道へ逃げるぞ」

 とシズ姫へ振り返ると

「はい」

 と短くうなずくのを見て手を引いて駆け出す。


 突然、ブワリッと空気が震えた。

 見ると黒い霧が大妖ハデスを包みこみ、ジュウジュウと音を立てている。

 やがて黒い霧が晴れると、大妖ハデスの傷はすっかり消えていた。


「なんと……もう復活しおった」

 クロウさんの頬を汗が伝った。


「ヴァォォォ――ッ」

 大妖ハデスが空を見上げて四本の腕を広げる。


 その四本の腕から鞭のように黒い血管が飛び出して、飛行籠トンボへ黒い霧を吐き出した。


 眼下に見える大妖ハデスの異常な行動に、危機を察知した飛行籠トンボが旋回を始める。


 大きく外れる血管の鞭と黒い霧。


「ぬぅ、やはり大妖ハデスにも飛行籠トンボは手に負えぬか」

 とクロウさんが嘆息しそうになったとき、背筋に寒気が走った。


「ヴォォォ――ッ」


 と咆哮が響き渡ると四方に飛び出した血管から、赤黒いものが放射線状に一斉に放たれた。

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