第七十四話 全軍、突撃

「負傷兵は後方へ下げろっ、反撃だ! 歩兵砲、撃てっ、撃てぇぇっ」


 と声を張り上げる。


 本部からの連絡はまだない。

 だが、追撃の恐れのある場合、現場の判断が優先された。


「砲弾装填ヨシッ、撃てぇ!」


 ここに戦端は開かれた。


――――引き継ぎ“ラの国”目線です。

 

 双方から砲弾が行き交い、しばらくすると徐々に敵の攻撃の異様さに気づく。


「前が見えぬぞ」


 敵の砲弾が着弾するたびに、黒煙があがり視界が閉ざされていく。

 追撃を避けるために、こちらからも盛んに撃ち返しているが、それが果たして効果があるのかどうかもわからない。


「砲兵長、照準器ではどうだ? 見えるか?」

 

 照準器には光学レンズが取り付けられている。かなり遠くまで見えるはずだ。

 が

「いえ……。全く」

 と首を振ってくる。


 やがて敵からの砲撃が止んだところで、こちらからの砲撃をやめさせた。

 手にした双眼鏡を覗き込み、黒煙が風に流されて♾️に切り取られた光景を見て、ニヤリと笑う。


 敵の騎馬隊が逃げていく。

 竜宮城からは撤退のドラが鳴り響き、盛んに狼煙まで上がっている。


「本部はなんと?」

飛行籠トンボの索敵にも伏兵は見られなかったと。『獅子奮迅の働きを望む』と特攻の許可がおりました」


「ヨシッ、本部より発令、狩りつくせっ、突撃ぃ――ッ」


 勇ましくサーベルを引き抜くと、丘の上にそびえる竜宮城を指した。


「「「「ウォォ――ッ」」」」


 二百を超える先鋒が坂を目掛けて駆けていく。

 それに引きずられるように、さらに二百の中隊が駆け上がっていく。


――――その光景を後方から。


 羊の毛皮を屋根として、白い帆布で覆われた豪奢ごうしゃな天幕で、ニジャール皇女は優雅に双眼鏡をのぞいていた。

 そばにはべるのはギリス・カーン提督。


 同じく双眼鏡を手に戦況を見ている。

「もう敵は崩れましたか。なんとも脆いものですな……おお? もう水路から揚陸した中隊も突撃に向かいましたぞ?」


 見るからに不機嫌そうなニジャール皇女の、琴線に触れそうな有利な戦況をことさらに強調して、この天幕のヒリヒリした空気を和まそうとしている。

 それを一瞥すると、ニジャール皇女はフンッと鼻を鳴らした。


「遅いくらいだ」


 彼女が不機嫌なのは、予定ではとっくに制圧が終わっていなければならない。そのために入念な計画を立てて、これほどの軍容を用意してきたのだ。


 それが初っ端から軍艦が破損し、上陸後は切通しで足止めされ、制圧の前に地雷でさらに遅らされた。


『電撃作戦』と銘打った今回の作戦では、もう一日前には突撃しているはずだった。

 それをこの提督オッサンが―― 大妖ハデスの復活があるやも知れぬというのに、この『電撃作戦』に遅れが出ている。


 その非難めいた視線に、ギリス提督はゴホンッと咳払いでごまかした。


「ここまで兵士たちの損耗はほとんど出ておりません。戦力を維持したまま、王都の制圧ができる。

 ゆえに制圧までには(予定時間に)追いつくでしょう」

 と持論を披露してみせる。


「なれば急げ、貴様が提督でいられるようにな。忘れるなよ、私は皇帝陛下の目としてここにいる」

 

「ハハッ承知仕りました」


 と生真面目な顔を取り繕って敬礼した。

 伝令に向かい


「スブタイ大隊長に連絡。全軍、突撃――」


 かくて“ラの国”による総攻撃が始まった。

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