第七十三話 そして戦端は開かれた

 おおよそクロウさんの予想通り、三時を回ったあたりで敵の先鋒が見えて来た。


 やがて巨大な蟻の群れが押し寄せるように、街道から“ラの国”の兵たちが溢れ出て来た。


――――竜宮城の物見櫓ものみやぐらで。


「いよいよ……か」


 小高い丘の上にある竜宮城の物見櫓ものみやぐらからは、城壁の向こうに押し寄せる“ラの国”が一望できた。


「いよいよですな」


 影のように寄り添うカトー大佐も薄目を空けて遠望している。城壁の四方の門は、爆撃されいまだにおさまらぬ残り火のせいで黒煙が立ち上っていた。

 そこへひょっこり顔を出したクロウさん。


「そろそろじゃ。頼むぞ、ワルレー軍卿殿」

 と声をかける。


「わかっておる。貴様もくれぐれも誤つな」

 と睨み返した。


「互いにの」


 そう言って慌ただしくハシゴを滑り降りると、兵部へ駆け込んで行った。


――――ラの国の先遣隊の。

 本国へ報告された隊長の証言。


 王都エテルネルの城壁の前には、もちろん迎撃のための防衛線が敷かれている。

 だが、その軍容が異様だった。

 まず、歩兵がいない。いるのは騎馬隊のみで、その上に騎乗する騎士たちも革鎧だけの軽装だ。


 常ならば騎兵と言えば弓をからげるか、槍やハルバートがお決まりだが、その手には片手で抱えられるほどの丸太をくりぬいたような筒があるのみだ。

 唯一の武器らしき手筒の長さは一メートルにも満たない。


 筒を持つ反対の手には竹筒ほどの椎の実ドングリのような砲弾らしきものを携えている。


「なんだぁ? アレは。手筒のつもりか? ならば到底ここまで届くはずがない」


“ラの国”の持ち込んだ歩兵砲は射程が最長二千四百メートル。対して砲長の短い手筒ではせいぜい四、五百メートルもあれば良い方だろう。


 防衛線との距離はおおよそ二キロで、完全に歩兵砲の射程距離に入る。


 照準器を覗いては、射角表を見て調整していた砲兵から


「歩兵砲、準備よしっ。いつでも行けます」

 と報告が入る。


「本部に電信――『準備は整った。開始の合図を待つ』以上」


 敵は少数。

 兵器も軍容もはるかにこちらが有利だ。

 もはや勝ちは当然。


 このあと王都に雪崩れ込み、捕虜の捕獲と金品の略奪をする。これだけ立派な城郭をこしらえることができる国力だ。

 さぞや貯め込んでいるものもあるだろう、と思うと喜びに思わず顔がゆるむ。


 眼前に広がる巨大な城郭をゆっくり見回しながら

 

「けっこうな儲けになりそうだ」

 と、胸中で胸算用を始めたとき。


「敵が撃ってきますっ」


 と斥候から報告が入る。


「慌てるなっ、ここまでは届かぬ。本部の指示を待て」

 と鷹揚に答えるが、砲撃の位置から何やら煙を噴きながら迫ってくる。


「な? なんだアレは」


 シュウ――ッと空気を裂いて、オレンジ色の炎と白い煙を吹き出しこちらに迫ってくる。

 これはここまで届く、そう目測した砲兵が


「飛び退けっ、来るぞっ!」


 喚くとその場から飛び退いて頭を抱える。

 ドォォォンッと破裂音とともに、熱気と爆風が襲って来た。

 

 飛び散る烈火に身を焼かれ転げ回る者、破片にがあたりうずくまる者たち、たちまちあたりは阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


「消火っ、消火ぁっ」


 慌てて毛布を被せ、あるいははたいて火を散らす。

 頭から飛び退いて全身を土埃まみれにした隊長が、


「負傷兵は後方へ下げろっ、反撃だ! 歩兵砲、撃てっ、撃てぇぇっ」


 と声を張り上げる。


 本部からの連絡はまだない。

 だが、追撃の恐れのある場合、現場の判断が優先された。


「砲弾装填ヨシッ、撃てぇ!」


 ここに戦端は開かれた。

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