第七十二話 侵略の始まり

飛行籠トンボじゃ……トンボじゃ、敵襲じゃあっ」


 クロウさんが櫓へ向かって、警鐘を鳴らせと声を張り上げた。

 それが侵略の始まりだった。


 飛行籠トンボが、空を覆うようにやって来た。

 それはたちまち大きくなって細かいところまで見えてくる。

 トンボの足に似た鉤爪に、巨大なカプセル錠剤のようなものをぶら下げている。


「爆弾だっ、逃げろっ」

 思わずオレは現代知識未知の単語で叫んでいた。


「あ、いや俸禄玉ほうろくだまだぁぁぁ――っ」


 実はそれクラスじゃないんだけど、それしか共通の言葉が見つからなかった。

 

 危険→オレの記憶→たぶんオレの記憶の映像。


 それで被害ダメージをイメージしたのか、

「逃げよっ、雷撃がくるっ」と近衛兵の肩をたたき、残像を残して駆け出した。


 登って来た櫓へ逃げこみ階段へ飛びつく。

 クロウさんは振り返ると


「七郎っ、何をしておる?! 貴様も逃げるのじゃ」


 見ると七郎さんは、トンボを見上げて呆然ぼうぜんとしている。


「来よっ」

 と声高く命じると脊髄反射せきずいはんしゃで再起動してくれた。

「承知っ」と飛ぶようにへ駆け込んでくる。一足先にたどり着いた近衛兵に


「さ、貴殿から先に、早く」と階段へ押し込んだ。


 二、三段飛ばしでほとんど転げるように階段を下り切ると、正門から逃げ出す。


 ドォォォンッと後ろから爆音と爆風が押し寄せて来た。

 必死に走っているところを、爆風に背を押されたもんだからゴロゴロと転がる。


 続けざまにドォォォンッと爆音がして、キノコ雲が東門に上がっている。

 しばらく間を空けて西門のあたりにも。


「七郎っ、近衛殿っ。竜宮城まで逃げるのじゃ」


 一目散に逃げ出した。


――――竜宮城に駆け込んで。


「て、敵襲じゃ」


 肩で息をしながら兵舎に駆け込むと、太郎さんが待ち構えていた。


「ささっ、ひとまずこれを」

 と差し出す水をひったくるように飲むと、


飛行籠トンボじゃ、トンボが押し寄せて来よった」


 と見て来た状況を説明する。


「クロウ殿の予想通りになりましたな?」


 意外と冷静。

 クロウさんも「で、あろ?」とか肩で息をしながら、また水を飲んで息を整える。


「オトも準備が整ったとか。それでは……そろそろ?」

 と聞いてくる太郎さんを手で制すると、


「おそらく飛行籠トンボは門の破壊だけであろ。制圧の軍がくるはずじゃ。ゆえに――」

 とフンスとあごを突き出して腕を組む。

 

「まだじゃ、まだ敵の本隊がそろっておらぬ」


 むぅ、と難しい顔だ。


「引くだけの理由を作ってやらねば敵はひかぬ――被害を最小に抑えて、引く方が良いと思わせねば、奥の手は切れぬ」


 と顎を突き出すと、ワルレー軍卿がそれを見て呆れた顔で


「最小被害の最大効果か? ガキの思いつくこととは思えん」と肩をすくめた。


「ぬぅ、ワシは元服を済ませておるから、ガキではないわい」


 と口を尖らせる。


「そんなところがガキというのだ」

 と薄く笑うと、

「だが、見極めを誤ることは許さん。仕掛けるにしても治めるにしてもだ」

 と釘を刺してくる。


「それは任せてたも。すでにまで見えておる」


 とこめかみのあたりを、トントンと叩いた。


――――カンカンと警鐘が鳴り響いている。


 おおよそクロウさんの予想通り、三時を回ったあたりで敵の先鋒が見えて来たようだ。


 やがて巨大な蟻の群れが押し寄せるように、街道から“ラの国”の兵たちが溢れ出て来た。

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