第七十五話 強者どもに祝福を

「スブタイ大隊長に連絡。全軍、突撃――」


 かくて“ラの国”による総攻撃が始まった。


――――飛行籠トンボの爆撃で。


 本来なら堅牢な城門と、それを囲う巨大なで押し寄せる数千の軍勢にも耐えうる正門は、無惨に焼け落ちていた。


 取ってつけたようなバリケードを易々と突破すると、竜宮城へ続く石畳を“ラの国”の軍勢が覆いつくしていく。


「拠点になりそうな二階建て以上の建物は破壊しろ」


 あれとあれだ、と指さされた不幸な建物たちは、せっかくの黒い重厚な扉も叩き破られて、突入していく兵にその内部を蹂躙じゅうりんされ火をかけられいく。


 同じような建物から火柱が巻き起こり、黒煙が太陽をかげらすくらいになってくると。

 さすがにこの街の不自然さに気づいてくる。


「なぜだ? なぜあれだけ家探しをしても誰もいない」


 金目のものを鹵獲ろかくし、一般市民を捕虜にとって、奴隷として売り買いするのはこの世界の常識だ。


 なにより兵たちの楽しみは“ラの国”本部に収める戦利品の、このおこぼれを着服できることだった。

 それがこれだけ家探ししても金品の類いは見つからず、捕獲する家人もいない。


 全くもぬけの殻――なにかがおかしい……と、誰もが思い始めたとき。


 竜宮城のあたりからヴォォォォォォ――ッと地を揺らす叫び声が上がった。


「なんだ?」


 ドラの警鐘や、軍の進退を指示する法螺貝の音色とも違う。

 ヴォォォォォォ――ッ、ヴォォォォォォ――ッ


 と繰り返されるそれは、猛獣の咆哮のようでもあり、艦隊が吹き鳴らす汽笛のようでもある。


「なんなんだ?」


 ついさっきまで、略奪の熱にうかされた兵たちの薄ら笑いは消え去り、不安げにあたりを見回している。


 ドォォォン――ッと轟音が響き渡り、竜宮城の一角から黒煙が上がる。

 モクモクと立ち上がるそれは、黒く禍々しいキノコのように天に立ち昇っていった。

 少し遅れてボォウと熱波が襲ってくる。


「ぐぉっ」

「ぬうっ?!」


 熱風に背を向けるもの、地に伏すもの様々だ。


「小隊ごとにかたまり建物の陰に寄れっ」


 中隊長の声が響きいくつかの塊ができると、堅牢そうな石造りの建物の影に身を寄せていく。


「な……何が起こっている?」


 建物の陰から眉をひそめてうかがいみる竜宮城には、半球の黒い塊が膨らんでいった。


――同じころ後方の“ラの国”の本部では。


 チッと舌打ちをしながら双眼鏡から目を離し、彼我の距離を聞くニジャール皇女の姿があった。


「大妖ハデスだ」


 竜宮城と離れること約二キロ。

 にもかかわらず竜宮城を覆うように現れたそれは、目視でもわかるように巨大に育っていく。


「引くことは許さんぞ。どうする? ギリス提督」


 双眼鏡から目を離さず、黙り込んでいるギリス提督へ皮肉な目を向ける。


「ここまで準備したのだ。失敗も許さぬ」

 とここまで口にしたときに。


 ブツブツと何かを呟いている彼を、異様なものを見るように見返す。

 やがて彼の中で何かが整ったのか「通信兵」と呼びつけた。


「空母へ連絡。全飛行籠トンボ、爆撃用意。目標、竜宮城の大妖ハデス。焼き尽くせ、と伝えよ」


 と告げると、やっとニジャール皇女へ向き直った。


「独断のお叱りは後ほど。あれが敵の切り札ならば、我らも切らねばなりますまい」


「なにをする気だ?」

 と当惑顔のニジャールに


「陛下、願わくば、勝利の暁には……あそこにいる強者どもに祝福を」


 そう言ってまた双眼鏡を目に当てた。

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