第七十話 未知の攻撃

「貴様の思う壺だ。貴様の描く絵図面通えずめんどおりに、この戦いは終わる」

  

 フンッとつまらなそうに鼻を鳴らした。


――――その翌朝。“ラの国”視線です。


 森を抜けた里に土埃まみれの一団がたどり着いたのは、朝日が村の木々を薄紫うすむらさきに浮かび上がらせる頃だった。

 

 かねてなら朝餉あさげの煙がたち、早起きの者などは、ぼちぼち畑へ向かう頃合いなのだが“ラの国侵攻”の戦災を逃れるために避難したのか、人っこ一人いなかったから簡単に接収できた。


 先遣隊の中隊が斥候を放ち安全を確認すると、村の広場へ後発の輜重隊しちょうたいや歩兵砲を引いてきた兵たちが、その場に物資を運び入れていく。


 点呼が終わり「小休止」の声を聞くと、ここまで夜を徹して山道を抜けてきた兵たちが「やれやれ」とその場に腰を下ろした。


 夜通しの行軍だったため、極度に疲労し軽口を叩く余裕もない。

 携帯食を口に放り込み、皮袋の匂いの移ったまずい水を口にすると、目を閉じて休んでいる。

 すでに意識を手放して、こくりこくりと体を揺らしているものも出始めていた。


 ふぅと息を吐き中隊長がそのありさまを見ている。


「まずいな。このまま進軍しても――」

 ロクな結果にならないだろう、と口にしかけて飲み込んだ。


 自身も疲労と寝不足で目の奥がキリキリと痛む。

 だが、指揮官が弱さを見せてしまえば戦意にかかわる。ここは戦場なのだ。

 弱ったところから崩れていく。


 戦略に変更はない。

『進軍を遅らせ兵の英気を養う』ことをしてやりたいが、まだ敵の布陣が見えない今。

 それを上奏して認められるほど、明確な理由が見当たらなかった。


 ゆえに――どれだけ疲れていても、予定時刻に陣地まで到着しなければならない。


 あと半刻すればここを発つ。

 戦意が最低なまま、決死の防衛側へ当たる――それに不安を覚えないはずがなかった。


 少しでも兵を休ませてて――と、思ったときだ。

 王都へ続く街道からドォォォンッと、爆音が響いた。


 あれは斥候を放っていた方向だ。

 嫌な予感がした。


「敵襲――っ、全員、戦闘配置につけっ。各小隊は準備が整い次第報告を。急げぇっ」


 と声を張り上げる。


「敵襲だっ、起きろ!」


 と各小隊の軍曹たちが、いまだ朦朧としている歩兵を殴りつけて叩き起こしている。


「各小隊、準備ヨシっ。整列しました」


 報告が上がったのはわずか十五分後。

 この状態で、これだけの短時間で動き出せる部隊であることに自信を取り戻しつつも、王都への街道に展開してあるであろう敵の布陣を思い浮かべた。


「おそらく敵は街道に布陣しておるっ、我らは砲撃で焼き払い前進するまでだ。砲撃よーい」

 中隊長が号令すると、命令が各隊に復唱されていく。


「砲兵は位置につけっ。砲撃よーい」

「砲撃用意しますっ」

「グズグズするなっ、位置につけ」


 砲兵隊が歩兵砲を準備している間に、第一小隊へ歩み寄る。

「先発で放った斥候の救出を。第一小隊で行けるか?」

 と声をかける。


「はっ」


 と敬礼してかけ出す第一小隊が、分隊に分かれて街道へ差し掛かったときだ。


 ドォォォンッと火柱が地面から立ち上がり、分隊の一人が吹き飛んだ。


「な?! 砲撃か? 第一小隊は戻れっ。ここで迎え討つっ。砲兵っ目標……」


 双眼鏡を覗き込んで砲撃して来そうな丘や、防塁がおかれていそうな場所を探す。


「ばかな……」


 何度か双眼鏡を覗き込んでは遠望するのだが。


「敵がいない……」


 中隊長の頬を冷たい汗が伝った。

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