第六十九話 クロウさんの思う壺

 バァァァンと破裂音がすると、空に綿菓子のような爆煙が広がる。


「の?!」


 その向こうにヨタヨタと飛び去っていく飛行籠トンボの姿が見る見る遠ざかって行った。


「ぬ……ぬはははっ、逃げ出しよったぞっ。皆の衆、やったぞーッ」


 と勝ちどきを上げる。


「「おお――ッ」」


 と、あちこちから陽炎がゆらめいて人影が現れ、拳を振り上げていた。七郎さんはすすで真っ黒な顔に、白い歯を浮かべながら


「若(牛若丸=クロウさん)っ、やりましたな?! お見事でござる」


 と焙烙火矢ほうらくひやをからげなおすと、近づいてきて膝をつく。


「我が命をかえりみず、囮となすとは奇想天外。なんとも『孫子』の一節を見るようでござった」

 とベタ褒めだ。


 きっとクロウ(義経)さんの手柄を強調して、立身出世の手助けをしているつもりなんだろう。

 これが後の人生に災いすることになるだけどな……と、義経の後世を知ってるオレとしては、複雑な思いで眺めていた。


「いや、なに七郎、ここにおる勇者たちの力があればこそじゃ」


 とにこやかに手を振る。


「さて、皆の衆――」

 と口を開いたときだ。


 ピュン、パン、パン、ピュンと空気を裂く銃撃音。

 音源を見返すと、例の岩場のルートから“ラの国”の部隊が登ってきてるじゃないですか。


「逃げるのじゃ! 波動、隠遁っ」


 ジグザグに走りながら、風景に溶け込んでいく。


「賊が逃げるぞっ、撃てっ、撃てっ」


 その叱責に似た号令を聞きながら、オレたちは必死に逃げ出した。


――――夕刻になって。


 竜宮城へ戻ってみると、内廷と兵舎が慌ただしく荷物の運び出しをしていた。

 

“ラの国”の襲撃に備えて、必要な書類の運び出しと、みられてはまずい書類の焼却をしているようだ。


 そんな中でも、兵舎へ入るとたいそうねぎらわれた。


「む? シズ姫と乙姫は?」


 一番褒めて欲しい人の姿を探すと。


「オトワニ女王陛下とシズ姫は『大妖 ハデス』の復活の儀によって地下におわす」

 とカトー大佐が代表して教えてくれた。


「……に、してもだ。よくぞ分隊にも満たない人数で、“ラの国”を足止めできたな」

 と、カトー大佐。

 珍しくうっすらと笑顔まで浮かべている。


「うむうむ、もっと褒めてたも」

 と威張るクロウさん。


 カトー大佐が呆れた顔で、

「小僧、なぜ我らが褒めておるのか、本当にわかっておるのか?」

 と八の字眉毛を下げて顎を突き出す。


「ん? そのままじゃろ? 寡兵かへいで大軍を翻弄ほんろうする――これほど痛快なことはあるまい? じゃの?」


 負けずに顎を突き出すクロウさん。

 その子供っぽい反応にワルレー軍卿が、コヤツは――と首を振りながら、苦笑いしている。


「いいか? 小僧。斥候からの報告では、あの後飛行籠トンボの襲来はなかった。そして、だ。なぜかあの切通しの土砂を取り除きに取りかかるまで二時間、間が開いた」


 ちょっとコッチへ来い、と例の立体地図を見せてくれる。


「土砂の撤去にかかったのは夕刻だ」


 ん? それが何か?


「奴らが進軍して森を抜けた里にたどり着くのは夜半となる。つまり一日、時間を稼いだのだ」


 ちょっとだけわかってきた。

 敵が予定通り侵略を進めていたら、準備の整っていないこちらは負けていた。

 作戦が遅れれば、敵に焦りが出てくる。そうなれば勝ち目が出てくる――かも知れないってこと。


「徹底的にこちらの防衛線を叩いたのち、総力で制圧にくるはずだ」


 そうなれば――と、クロウさんを睨みつける。


「貴様の描く絵図面通えずめんどおりに、この戦いは終わる」

  

 フンッとつまらなそうに鼻を鳴らした。

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