第六十八話 アの国初の対空戦

 岩場から登ってこようとする部隊をみたクロウさんが。

 

「そこであったか。射落としてくれる」

 と矢筒に手を伸ばした時。

 

 はるか上空からブィィィィィンと空気を揺らす、不穏な音が近づいてきた。


「ぬ?!」


 と顔を上げるクロウさんに、

『これ、飛行籠トンボ上空援護じょうくうえんごだよ。映画で……いや、オレらの世界ではよくある戦法だ。

 準備のとき話しただろ? あれだよ、例の作戦に移らなきゃ』

 と思念をおくる。


「ぬ?! 蔵人殿かの? そうであったわ! じょーくめんごじゃ」


 ジョークメンゴ? なに謝ってんだよ? 誰にだよ?


『早くっ』

「わかっておるのじゃ! 皆の衆、波動『隠遁』じゃ。打ち合わせ通りに頼むのじゃ」


 と連れてきた部隊に声をかけて、自らはそのブィィィィィンと音がする方へ駆けていく。


「やいっ、トンボめ! ここまで来て正々堂々と勝負じゃ!」


 袈裟懸けさがけにしていた短弓を引き絞ると、ヒョウと放ち、手を振り回している。


 何してんのさ?!


「ここまで来いっ」


 と、もう一度短弓を引き絞ったとき。


 タンタンタン――ッ と破裂音が響いて、数メートル前から着弾痕が迫ってくる。


「本当に来よった!」←クロウさん

「バカなの!?」←オレ


 横っ飛びに飛んで射線から逃れると、オレたちの上空を飛行籠トンボが飛び越えていく。


「むぅ、逃げよったか?」

「じゃない、(心臓バクバクの状態で)と思う」

「ならば……願ったりだの」


 やりすぎだってば――と言おうとしたとき。


 またもブィィィィィンッと空気を震わせて、機首を巡らせた飛行籠トンボがこちらへ向かってきた。


 またもタンタンタンッと破裂音が響くと、今度は背後から着弾痕が迫ってくる。


「ぬぁぁぁ――っ」


 慌てて逃げ出すクロウさん。

 またも横っ飛びに飛んで射線から逃れると、今度は飛行籠トンボは狙いを定めたようで、旋回するとより低空でこちらへ迫ってくる。


「ぬぅぅ――っ」


 走り出すクロウさん。

 タンタンタンッと破裂音が響きながら、着弾痕が迫ってくる。


「ぬぁっ!」


 横っ飛びに飛び退いた後に着弾痕が通り過ぎていき、クロウさんが転がりながら声を上げた。


「今だっ、撃つのじゃ!」


 陽炎がゆらめくとその中から人影が現れた。

 手にはロケットランチャーのような焙烙火矢ほうらくひやをからげている。

 すでに火縄には着火が済んでいるようで、チリチリと音を立てて筒に火花が飲み込まれると、ドシュゥッと煙が舞い上がった。


 あたりに満ちる花火のような匂い。

 焙烙火矢ほうらくひやは煙を吐きながら飛行籠トンボへ向かっていく。それはいよいよ獲物を捉えようとして……。


 あれ、はずした?


 見事に期待を裏切って空の彼方へ飛び去っていく火矢。


「あれ?」


 パァァァンと弾けると綿菓子みたいな跡を空へ残して消える。


 慌てたのはこちらばかりではなかったようだ。

 飛行籠トンボも大きく旋回して、何が起こったのか確かめようとこちらへ機首をむけた。


「今じゃ、撃つのじゃ」


 クロウさんが声を上げると、また陽炎のようなゆらめきの中から焙烙火矢ほうらくひやを抱えた御仁が。

 それは一人ではなかった。

 

 バシュ、と乾いた音がするとスルスルと伸びていく灰色の飛行機雲。

 それは少し間を開けて左手の森の中からも。


 いきなり二方向からの攻撃に戸惑ったようだ。

 一発目を左に回避した飛行籠トンボは、迫ってくるもう一発を回避しようと急上昇する。

 迫る焙烙火矢ほうらくひや


「行けぇ――っ」


 バァァァンと破裂音がすると、綿菓子みたいな爆煙が広がる。


「の?!」


 その向こうにヨタヨタと飛び去っていく飛行籠トンボの姿が見る見る遠ざかって行った。

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