第六十六話 中隊襲撃

 次の伝令が飛び込んできた時に初めて、中隊長は実戦の恐ろしさを思い知ることになる。


「こ、後方も塞がれました」


「なに? わかるように報告せよ。後方とはどこで、そこがどうなったのか?」


「後方とは我らが中隊の最後尾の切通しで、そこが山崩れにより塞がれました。

 幸い通過した後に土砂崩れが起きましたので、我らが中隊には被害はありません。ですが、後続の中隊と分断され孤立しました」


「なん……だと?」


 先遣隊がルートの安全を確保し、後続が輜重隊(弾薬や食糧などの物資を輸送する隊)や陸砲などの重い兵器を運ぶ役割となっている。


 兵站を断たれた状態で、このまま前進をしてもガス欠になるだけで意味はない。


「工兵に後方の土砂の撤去をさせ後続と合流する。合流までは前方の土砂を小隊総出で撤去だ。どれくらいかかるか見立てを報告しろ」


 その上で本部には連絡を――とそばに控える通信兵を振り返った時だ。


 背後からドォォォンと火柱が上がった。

 背中から押し寄せる爆風に思わず頭を抱える。

 

「敵襲――っ」

「散開して配置につけっ」

「崖の上からだっ、物陰へ隠れろっ」


 小隊長たちの間髪を入れぬ指示が飛んでいる。


「どこだ? どこから襲撃されている?」


 あちこちに視線を走らせると、崖上に走り回る人影が見える。


「北北西に敵影、各自っ反撃」


 と指示を飛ばすと、この時代ではあり得ない銃器が火を吹いた。


 “アの国”の主力兵器はいまだに弓矢だ。

 その有効射程がせいぜい四十メートルに対して、“ラの国”の銃器は二百メートルに及ぶ。


 あちこちの物陰から反撃するパンパンッと破裂音が響き、火薬の硝煙の匂いに満たされた。


 下から見上げる崖の上も土埃が舞い上がり、敵影は見えなくなる。反撃の成果は認められないが、ここまで弾幕をはればこちらへの攻撃もできないはずだ。


 物陰に滑り込んだ中隊長は、崖の上へ登るルートを必死に探した。と、岩がところどころ飛び出ている一角がある。

 あそこならば足場を確保しながら、崖上まで辿り着けるはずだ。


 各自が持参している弾薬は少ない。せいぜい一時間も交戦したなら尽きてしまうだろう。


 チッ、と舌打ちしながら通信兵を呼び寄せる。


「本部へ連絡、切通しで接敵。前後が崩落し中隊は孤立、飛行籠トンボ上空援護エアサポートを頼む」

 うなずき暗号信号を打ち始める通信兵を尻目に、手近な場所にいた第三小隊の小隊長へ駆け寄った。


「あそこの岩場から崖上まで行けるか? 第二小隊を呼び寄せて援護させる」


 頷く小隊長に崖上までたどり着いたら、後続を送り込むための拠点を構築するよう指示する。


「本部へ飛行籠トンボの上空援護を要請した。後続を送り込むから拠点を構築しろ。

 拠点の構築ができる頃には援護が到着できるだろう。それまでに敵の居場所を確定せよ。わかったか?」


「了解致しました」


 と敬礼する小隊長に、頼んだぞとうなずくと元の場所まで駆け戻ると、第二小隊へ伝令を走らせる。


 崖上へ後続を送り込み、数的有利を確保しだい敵を制圧する。

 その上で、改めて斥候を放ち物資のルートを確保だ。

 森を抜けたあたりで拠点の構築を上申し、水路からの部隊と連動していけば、王都制圧の作戦自体に支障はなくなる。


 そう胸算用すると、目の前の崖上の敵に集中することにした。


「おのれ、“ラの国”をなめた真似をすればどうなるか、を刻み込んでやる」


 と獰猛な笑いを浮かべたとき。


 ヒョウヒョウ、と雨のように矢が降り注いできた。

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