第六十五話 中隊孤立

「うむ、太郎殿が石工なみに凄いことはわかった。あと二、三箇所お願いできるかの?」


 そう言ってニンマリと笑った。


――――“アの国解放軍 先遣中隊”が。


 切通しのルートに差し掛かったのは、午後二時ごろだった。

 このまま何事もなければ夕刻には森を抜けて、王都エテルネルまで半日のところ。

 そこには二百名ほどが暮らす小さな村落があり、そこを接収して部隊を休めるつもりだった。


 第一防衛線とされた尾根に広がるだん(山中で開けた場所)では、激しい抵抗が予想されていたのだが、もぬけのからで少々拍子抜ひょうしぬけしていた。


「次は切通しのルートだ。何かあるとすればならここだ。索敵さくてきの報告はあるか?」


「はっ、敵影もなく、異常ありません」


「逃げた……か?」


 何事もないのは危険だ――弛緩と油断を呼ぶ。

 先遣隊の指揮官としては警戒しながらの前進を指示するのは当然だった。

 

 だが士官学校上がりの、この中隊長は目の前の勝利にはやってしまった。

 自らのキャリアに“アの国”の解放を成した将校として、歴史を刻む。

 痺れるような栄光の未来像が目の前に広がっているようだった。


「うむ、我ら“ラの国”に恐れをなしたと思われる。行軍のスピードをあげて、予定を大幅に上回って見せようではないか」


 斥候も放った、問題ないと報告も上がってきた。

 ならば予定を繰り上げて進軍させても問題ないはずだ。


「全体、強行軍速度で前進っ」


 危険のある切通しのルートを一刻も早く抜け出し、見通しの良い位置を押さえる。

 判断としては間違っていない――はずだった。

 だが、強行軍で進軍したために後続との距離が空いた。

 

 三十分が経過したころ、切通しの両側が二十メートルもある狭路きょうろに差し掛かる。


「前方注意、小隊以下小分けして通過」

 と注意が発せられた時だ。


 わずかな土の匂いと、上からパラパラと土の塊が落ちてきた。


「急げ、山雪崩やまなだれがくるかもしれんぞ」

 山村で育った歩兵が声を上げる。彼の郷里で昔から伝えられている知恵だった。


『土の匂いがしたときは、急いでその場から離れろ』という教え。

 だが行軍で縦列に進む時、前方がつっかえてその知恵が役に立たない。


「急げっ……」


 声を上げた時。

 ドォォォンッと下腹に響く轟音がした。


「な?!」


 と崖を見上げた時は遅かった。


 ドカーーンッと轟音が響くと、頭上から黒い塊が襲いかかってきた。


「おっ(おっかあ)……」


 その兵士がつぶやいたのはそれが最後だった。


――――その一報が中隊長にもたらされた時。


 一個中隊はすでに切通しのルートに入り込んでいた。


「な、なに?!」


 状況としてはなくはない。

 が、斥候に命じたのは『切通しの山道の直線上とその周辺を探索せよ』だった。


 頭上からの奇襲に備えて『山道とその周辺』としたはずだ。

 だが、斥候に伝わったのはだった。

 中隊長の預かり知らぬところだが、斥候としては山道を中心に索敵し、残りはなので目視が中心となる。


 防衛する側としては、山道を塞ぎ防塁ぼうるいを築くはずだ。

 射線を塞ぐ両壁がある場合、撤退戦に似て防塁ぼうるいを短時間で作り、幾重いくえにも迎撃の部隊を配置するのが効果的とされた。


 だから斥候が探索するのは『山道およびその両脇の伏兵が潜みそうな場所』となる。


 だからこそ。

「な?!」となる。

 

 次の伝令が飛び込んできた時に初めて、中隊長は実戦の恐ろしさを思い知ることになった。


「こ、後方も塞がれました」

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