第六十四話 あと二、三ケ所お願いできるかの?
切通しのルートで一個中隊が立ち往生している報告を受けて。
「遅延は許さぬ。軟弱である」
というニジャール皇女と、ギリス提督の判断が割れた。
結局、土砂崩れによるさらなる遅延を回避するという方向が決まるまで二時間を要した。
それはのちに勝敗を分けた二時間となる。
――――その土砂崩れ。
“遠見の社”でオレたちが“ラの国”が進軍してくるのを、遠望していた頃にまでさかのぼる。
“アの国解放軍”たちを遠望していた“遠見の社”にて。
ワルレー軍卿にニコニコ笑いながらクロウさん。
「二十人ほど貸してたも。“隠遁の波動”が使える者が良い。あ、あと逃げ足の早いヤツであればなおさらじゃ」
とピースマークを作って突き出す。
「仔細はこうじゃ」
とゴニョゴニョ話しだすと、呆れたように見返すカトー大佐にカンラと笑った。
とうじゃ、やらぬか? とワルレー軍卿を見てもうひと推しする。
「面白いな、ただし失敗しても我らは関与せぬ。捕縛されても救援はないと思え」
ワルレー軍卿も睨むように見返すとクロウさん。
「話しは決まったの。七郎、太郎殿、いくぞぇ」
とポンと膝を叩いた。
――――そして。
波動〈隠遁〉をかけながら、切通しのルートへ移動したのは、まだ“アの国解放軍”が切到着する二時間まえ。
オレたちはむき出しになった大岩のあたりへたどり着いていた。
「これはかなり……」
と見下ろす山道まで二十メートルはある。
ビルで言ったら五階だてだ。手のひらに汗がにじみ下っ腹がヒュンとなる高さ。
「これより脆いところを探して焙烙玉を仕掛けるのじゃ」
そう言って地面に手をつけると波動を流していく。
地質探索の音波っぽい。
硬い岩があるところは強く反発し、
とは言っても。
「むぅ、ごちゃごちゃしとるの……。わからん」
――なのだ。
土砂は大小の岩と土、植物の根まで入り混じっているから、帰ってくる反動は血管が縦横に走る人体模型みたいになる。
そもそも脆いところは、山道を作る時点ですでに崩しているから、今度ばかりは思惑が外れたようだ。
「むぅ……失敗かの」
とため息をついた時だ。
太郎さんがしばらく山道までの斜面を見下ろしていると、「あった」と呟いて腰にロープを巻きつける。
その端を手近な樹木に巻きつけると、斜面を下っていった。
その斜面の一角に辿り着くと、しばらく波動を流し込み焙烙玉をセットすると、またスルスルと戻ってきた。
クロウさんも流石に気になるところで
「太郎殿、なにがあったのじゃ?」
とロープを解くのを手伝いながら尋ねた。
「なぁに、石には目があります。割れやすい点の事ですな。それを見つければ岩の流れに逆らわないように力を流してやるだけ、ですよ」
と言いながら手のひらサイズの石を持ち上げて、しばらく見つめていると「そう、例えばこの石ならここ」と一点を指差す。
なんのこっちゃ? わからん。
「この石ならコッチ向きに流れがある」
と左手に包んで波動を流していくと、ピィィィ――ッと音を立て始めた。
「で、この目に波動を絞り込んでやる」
と右人差し指を突き立てた。
石はパァァァンンッと砕け散った。
「岩だとまず波動を流し込み、焙烙玉が弾けた衝撃が流れる方向を作ってやることですな」
しばらく呆けた顔になったクロウさんは、太郎に実に清々しい笑顔を向ける。
「うむ、太郎殿が石工なみに凄いことはわかった。あと二、三箇所お願いできるかの?」
そう言ってニンマリと笑った。
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