第六十三話 現場の混乱
シャルル港に設られた天幕で、ギリス・カーン提督はニジャール皇女が、前線に出てくることに頭を抱えていた。諌めてみても意に介さない。
そこへ――
「報告――っ、報告します」
と伝令が飛び込んできた。
「何事か?! 控えよ、皇女の
ギリス提督はニジャール皇女から逃げられる好機を逃したくはなかった。
皇女への非礼にならない程度の声量に気をつけながら、伝令を叱りつつも流れるような動作で天幕を後にしようとした。
――――のだが。
「よい、報告はここで受けよう。ギリス提督もそばで解説せよ」
とニジャール皇女は細いおとがいを軽く突き出す。
こうなれば口にできる言葉はYes しかない。
「承知いたしました」
ピシリと敬礼すると伝令に向き直る。
場合によっては軍議を開くために場所を移せるかもしれない、いや開こう。
と軍人にあるまじき願望に気付き、慌てて頭を切り替えた。
「(報告を)述べよ」
威厳を正して述べたとき。
「陸路を塞がれました。切通しのルートを爆破された模様」
と嫌な報告が上がる。
「侵入路を塞いでくるのは常道、そのために工兵を帯同していたのではなかったか?」
この事態は想定してあった。
わざわざ軍の司令部にまで急報するほどのこともないはずだ。
道が壊れてます、などと住人の苦情ではあるまいし一体なにを慌てる必要があるのだろう?
小規模な戦闘くらいなら、形勢が危うくなるほどでなければ、結果の報告だけでヨシとされているくらいだ。
ところが。
「切通しの山道の前後を塞がれて、一中隊が孤立しています」と続く。
「な?!」
今回“アの国”解放軍の制圧部隊として連れてきたのは一個大隊。それを陸路に三個中隊、水路からの侵入に一個中隊を割いた。
“ラの国”の軍編成において。
四個小隊で一個中隊になる。その四個中隊で一個大隊を形成する。
つまり今回、陸路からの制圧部隊の三割が立ち往生していることになる。
「なにぃ?!」
ギリス提督は目を
「スブタイ大隊長はなんと?」
スブタイ大隊長は、勇猛果敢で神速をモットーに連戦連勝を重ね、今回の電撃作戦に抜擢された武人だ。
欠点としては遅速を嫌う。ゆえに今回の停滞に無理な進軍をして、無駄な損耗を重ねることを恐れた。
「は! 爆破せよと」
「なにを……だ?」
「道をふさぐ土砂を、です」
地盤というものを理解しておらぬ、経験豊富なギリス提督は直感した。恐る恐る確認してみる。
「爆破、したのか?」
「いえ、その前に提督へ報告せよ。と」
ホッと胸を撫で下ろす。
スブタイ大隊長は、平地での戦いには慣れているが山岳戦には不慣れだ。
それゆえに自らの裁量でできることも、一応確認することを優先させたようだ。
「工兵に見立てをさせよ、と伝えよ。山は地盤がゆるく、新たな土砂崩れをうむ。軽挙をせぬのはさすがである、と付け加えてな」
と、ギリス提督が告げた時だ。
「爆破すれば良いではないか? 遅延は許さぬ」
と、ニジャール皇女の声がかかる。またもギリス提督は頭を抱えた。
「ニジャール閣下、山の地盤は脆くございます。爆破などと――」
「貴様、犠牲を恐れて一国が取れるか? 軟弱である」
と、ニジャール皇女の冷たい声。
ここでのちに勝敗を分けたとされる、空白の二時間が産まれることとなる。
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