第六十二話 ラ軍遠望

 黒い豆粒のように見えるソレ。

“段”に設えた防塁にドォォォンッとオレンジ色の火柱が上がった。


――――炮烙玉ほうらくだまか?


 と、近衛の一人がつぶやく。


「いや、それよりはるかに威力がある」

 カトー大佐が難しい顔をして遠望している。波動を流し込んで視力を増強しているのだろう。

 その顔が『あたかも見てきたように』厳しい。


 クロウさんも同じく遠望を試みているが、こればかりは失敗したらしく渋柿を食ったような顔をして、カトー大佐を見返した。


「アソコには誰も?」


「ああ、おとりのカカシがあるだけだ。だが、それもすぐに気づかれる」


「すると次(第二防衛線)は、一当てせねばならぬの……」


 ワキワキと手のひらをさせているのを見て、七郎(弁慶)さん。

「クロウ殿、軽々しく動いてはなりませんぞ」

 とさっそく釘を刺した。


「あいわかった」

 と見返す顔がニンマリと笑っているのを見て、どうせまたよからぬ事を、と七郎さんは渋い顔だ。


「のう、ワルレー軍卿殿。このまま行けば切通きりどおし(丘のような飛び出た部分を部分的に切り崩し、人馬が通れるくらいにした山道)が続くの?」

 とワルレー軍卿に近づいていく。


「止まれ」


 カトー大佐が素早く体を入れてこちらを睨みつけた。


「馴れ馴れしくするな。軍議ならすでに済んでいるはずだ」


「つれないことを申すな、カトー大佐殿。ともに戦う仲間ではないか?」

 

 晴れやかな顔でニコニコ笑いながら

「二十人ほど貸してたも。“隠遁の波動”が使える者が良い。あ、あと逃げ足の早いヤツであればなおさらじゃ」


 とピースマークを作って突き出す。


「貴様、なにを企んでる」

 と睨め付けるワルレー軍卿。


「嫌がらせじゃ。まずワシがやって見せるから、しかと見てもらいたい」


「嫌がらせ?」

 場違いな言葉にカトー大佐が眉をひそめる。

 こんな時になにを言い出す? と怪訝けげんな顔だ。


「まともにやり合っては勝てぬからの」

 

「なんのためにだ?」

 

「時間稼ぎに決まっておろう? 出足をくじき、乙姫たちの準備が整うまでの時間を稼ぐのじゃ」


「どうするつもりだ?」

 

「だからそれをこれから言おうとしておる、カトー大佐殿も聞いてたもれ」


 ニマニマ笑いながら話し始めた。


――――シャルル港に設られた天幕にて。


“ラの国”の拠点となったシャルル港の、打ち寄せる波の音が聞こえるほどにある商館跡地に、“アの国”解放軍と銘打たれた天幕がある。


 そこにギリス・カーン提督と三人の侍女を従えたニジャール皇女の姿があった。

 

「たわいもないですな。ここ(シャルル港)を陥とすのにわずか一日、ヤツらの防衛線は半日で瓦解しました。

 次はもう最終防衛線かと。それも夕刻には落ちるでしょう」


 それゆえに陛下――と、ギリス提督はニジャールに向き直った。それを冷ややかな目で見返すニジャールが

「前線に出てくるな、と言いたいのか?」

 と、うすら笑いで見返す。


「王都もあと二日もあれば陥落するでしょう。我らが安全を確保してから出てこられては? とご注進申し上げたいまで」


 そもそも国家存亡の危機ではあるまいし、皇族が前線に出てくること自体、あってはならないのだ。

 正直、やりづらくて仕方ない。


「ふん、顔に書いてあるぞ。こうして私が後ろからせっついて、ケツを叩かねば貴様らは悠長ゆうちょうに構えるからな」

 と意に介さない様子だ。


 ふぅ、と吐き出しそうになるため息を、ぐっとこらえた時だった。


「報告――っ」


 と伝令が飛び込んできた。

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